Vol.5 No.2 2012
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研究論文:鉄鋼厚板製造プロセスにおける一貫最適化に向けて(西岡ほか)−108−Synthesiology Vol.5 No.2(2012)ルをその形成プロセスから観察すれば、同モデルの構造が開発を担当した技術者の有する研究の進め方のノウハウ、具体的には、複雑な現象に対する階層構造アプローチによって主導されたという側面が認められる。他方、筆者らは、紹介してきた一連のモデルが整備され一つの生産管理システムとして出現したとき、同システムを広く産業社会に普及することの価値を認めるに至った。そして、同システムの形式化を進めるにあたって、それを相互作用のあるマルチスケールモデルとして体系化することから得られる利点を再認識したのである。7 まとめと展望製造業の本質が「情報を材料に転写する」ことにあるならば、材料のフローを創り出すとともに、情報のフローを同期させるリーン生産方式は、製造業の本質を追究した「目指すべき姿」の一つである[30]。フォードに始まる大量生産方式による規模経済性の追求は、秒単位の製造ラインと、月単位の生産計画、長大な工期・在庫という生産管理の時間的マルチスケール階層を生み出したが、リーン生産方式を主導した大野は脱規模を旗印に製造ロットサイズの制御と製造のラインへの同期の追求によりこれを克服した[4]。リーン生産方式を時間マルチスケールのフレームでとらえると、製造の時間スケールをメインラインのそれに一本化したものと理解できる。一方、プロセス産業である鉄鋼では、製造ロットサイズが生産性および品質に及ぼす影響が組み立て産業である自動車と比較してより大きいことから、自動車と同水準の製造の同期性や時間スケールの圧縮を実現することは本質的に困難である。しかし、この論文の事例は、鉄鋼以外の他産業においても、生産システム全体を時間的なマルチスケール階層構造として把握し、支援システムによって各階層を適切に連結することによって一貫最適化が実現される可能性を示している。多くの産業において、製造に要する時間の短縮は、多岐にわたる付加価値製品を開発し、これを競争力ある製品として製造するために不可欠の要素である。例えば、鉄鋼業とは一見対極にあるように思われる医薬分野においても、製品の競争力が価格とスピードで決まる時代が始まっている。これまで、医薬品の分野においては、特許によって差別化された製品を有することが競争力を決定付けていた。しかし、ジェネリック医薬品の普及に伴い、多品種にわたる薬をいかに価格競争力ある製品として製造できるかが重要な経営課題となりつつある。例えば、錠剤は、混合~造粒~篩過~混合~打錠~コーティングといった一連の設備、製造プロセスを用いて多種多様な製品に造り分けられるが[31]、このプロセスは鉄鋼製造プロセスと同様にコンピューターによって精緻に管理されている。すなわち、工程構造的にも、多様な品種への対応が必要とされる点でも、鉄鋼業と類似の課題を有しており、この論文で提案するモデル化によるアプローチは医薬分野を含む多くのプロセス産業に今後横展開される可能性があるものと考えられる。日本の製造業では、一連の技術スタッフが現場において着実に製造技術と生産管理の革新にあたってきた。その過程で生まれた製造知識は、本来、教科書化され実学としての工学は学問として体系化を進めることが期待されていた[32]。もとより、製造の現場における一貫最適化を実現するためには、ミクロからマクロに至る各階層における現象を理解し、モデル化を進め、構築したフレームワークにおいて他業種・他企業におけるベストプラクティスと比較・対照する必要がある。この論文が提案する生産管理に関するマルチスケール階層モデルは、キャリアを通じて幅広く深いOJTを経験した現場エンジニアの生きた知識をモデル化したものであり、この論文は、産業界からの製造知識の体系化の必要性を強く示唆する。謝辞この研究は科学研究費補助金 基盤研究(B)17330082の支援を受けて実施された。この研究に関し、学術的視点から助言をいただいた、清家彰敏、藤本隆宏、新宅純二郎、桑嶋健一各氏に感謝する。また一貫最適化を推進するにあたり、ご指導ご支援をいただいた三村明夫、宗岡正二、王寺睦満、萬谷興亜、市瀬圭次各氏に感謝する。注1)実際の生産においては、複数種の製品群を組み合わせて製造するため、ネック工程が逐次変化し、当該製品群の固有のネック工程とは異なる状況が頻繁に発生する。そのため、実際の生産で観測される圧延工程の能率の実績値は、同一製品群を連続して製造する場合の固有の一貫能率とは異なり、期間ごとに変動する生産順列の組み合わせの影響を受け、実績を集計した期間ごとに変動する。この能率モデルでは、実際の圧延工程全体の能率が固有の一貫能率を中央値として分布するように、各工程の処理能率影響因子を適正に抽出し製品群を定義するとともに、圧延工程プロセス全体では生産順列にかかわらず一貫能率の実績値と製品群の固有の一貫能率の誤差が相殺されるように製品群サイズを適正に調整することにより、上記の問題を回避し、圧延工程の全体能率をこれまでのモデルと比較してより高精度に予測することに成功した。注2)鉄鋼厚板の生産は多様な製品注文(注文当たり同一仕様の製品は約3 t)を、ロットで製造して(同一の製鋼製造条件:最低300 t、生産性を考慮すると2,000 t超が望ましい)、ロットで出荷する(同一の需要家、納期、輸送機関ごとに)点に特徴がある。納期は同一の出荷ロットに対して設定されるが、需要家のニーズにより、多様な製品注文が同一の出荷ロットに含まれるため、製造ロットは出荷ロットとは一致しないことが一般的である。そのため、圧延開始のタイミングは、納期から想定される製造工期をさかのぼって決定はされるものの、製造ロットをまとめるためのばらつきを不可避的にもつ。
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