Vol.5 No.1 2012
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研究論文:高品質なプロジェクトマネジメントを実現するトレーサビリティ・マトリックスの構築(榮谷ほか)−2−Synthesiology Vol.5 No.1(2012)している。そして「既存のプロジェクトマネジメント技術、システムエンジニアリング技術は、さらにより良くマネジメントするための方法論を求めている」と述べ、既存のプロセス中心のマネジメントの限界を指摘している。そこでこの研究では、より高品質なプロジェクトマネジメントを実現するための方法論を構築することを目的とし、その実現のために、プロジェクトの全体と細部を的確に把握し“木も見て森も見る”方法論を構築する。具体的な手段として、プロジェクトのアーキテクチャ(=システムを構成する要素とその要素間の関係性を整理したもの)を明らかにする。そしてプロジェクトのアーキテクチャの複雑性を指標として全体を俯瞰し、また個々の要素の難しさ・要素間の関係性も指標化することで、プロジェクトの状況を定量的にマネジメントすることを可能にする(図1)。最後に、そのアーキテクチャを示したプロジェクトのモデルを用いて高品質なプロジェクトマネジメントを実現する方法論を検討していくこととする。 2 プロジェクトマネジメントの現状とその問題点の分析2.1 移転コストの観点から考える情報とモノの違い移転コストの観点から情報とモノとは異なる特性をもつ。以降では、情報とは人のもつ知識やノウハウ、製品や文書等で形式化された知識やノウハウ等を指し、モノとは物理的に有形なモノと定義する。そのように考えると、例えばモノを受け渡して組み立てる自動車工場のような場合は、担当者がある作業を終え次の作業者に渡せば一つの作業は完了する。しかしソフトウエア開発のプロジェクト内では、情報が主たる移転物でありその移転コストにはモノと異なる特徴がある。情報移転コストとは、情報の探し手(受け手)に利用可能な形で情報を移転するためにかかる総費用と定義される[9]。情報移転コストをコントロールするには暗黙知の移転の難しさ、情報の受け手と送り手の能力差による移転の難しさ、情報量が多い場合の移転の難しさを考慮しなければならない(表1)。ある作業者から移転される情報を次の作業者が元の情報を確認することなく、その情報の精度と詳細さを保つことは難しい。情報はモノとは異なり、モノを移転する場合のようにプロセスを明確に区切り、情報移転を進めることは難しく、その移転のために何度も同じプロセスを繰り返させる特性をもっている。2.2 プロセス中心から情報中心のプロジェクトマネジメントの必要性ソフトウエア開発のプロジェクトでは、物理的なモノではない情報の移転が主体となっている。つまり、情報中心であるソフトウエア開発プロジェクトの生産効率を向上させるには、決められた手順どおりの作業を円滑に進めることを追及したプロセス中心の改善だけでは限界がある。プロセス中心だけでは情報移転に関する特性(暗黙知の移転の難しさ、情報の受け手と送り手の能力差による移転の難しさ、情報量が多い場合の移転の難しさ)から生じる問題は解決しない。プロセス中心から情報中心への変革が必要なのである。2.3 情報の特性:多義性と情報粘着性情報中心で考える上で、情報移転コストについて再考する。そこで、情報に関する以下の二つの概念に着目した。以降では情報移転コストとこの二つの概念の関係を説明する。情報粘着性:情報移転の難しさ[9] 多義性:情報が多様な意味に解釈されてしまう性質情報粘着性とは情報を移転する場合、情報のもつ性質である粘着性のため、送り手から受け手に対して情報を移転することの難しさを意味する用語である。粘着性とは要素とそれがもつ情報が不可分なことを指し、この粘着性が原因で情報移転コストが生じる。粘着性の要因としては表1に上げたような3つの決定要因がある。情報の送り手と受け手が1:1の関係の場合はその3つの要因に起因する情報粘着性によって情報移転コストが規定される。例えば、暗黙知の形式化は多くの企業で推進されていることである↑「プロジェクトのアーキテクチャ」視点から上位課題を解決↑「木も見て森を見る」ことで上位課題を解決プロジェクトを構成する要素の他要素との相互依存性の有無を指標として、構造を把握プロジェクトを構成する要素の持つ難易度を指標として、要素の状態を把握プロジェクトの複雑性を指標として、状態を把握プロジェクトの個々の要素の状態を把握・評価プロジェクト全体を俯瞰・評価高品質なプロジェクトマネジメントを実現するために量が多いと移転コストは増す。(量が多くても運んでしまえば1回で移転作業は完了)複雑で情報量が多いほど多くの情報交換が必要となり、移転コストが増加する。移転されなければならない移転対象物の量送受信者の属性には依存しない。(受け手から送り手に渡してしまえば、移転は完了)受け手と送り手の能力によって、情報の移転コストが変化する。移転対象の送り手と受け手の属性モノ自体の性質に依存して移転コストは変化しない。(移転速度や量など、移転条件に依存)情報内容の暗黙性(ノウハウなど)により、その移転に大きなコストがかかる。移転対象の性質モノ情報移転コストの決定要因図1 この研究の構成表1 情報とモノの移転コストの違い

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