Vol.4 No.4 2011
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−231−Synthesiology Vol.4 No.4(2011)座談会:システムと構成学を考える桑原 洋 氏小野 晃 氏ムや製品を作るという過程をしっかり研究の中に位置付けていければという思いで、試行錯誤しているところです。目的遂行のためのシステム的思考桑原 ご意見はおよそ同感です。私は電気の出身なのですが、電気と機械の間をやりたいと入社しました。入社当時は、“システム”という言葉はあまり一般的ではなかったのですが、以来、化学プラント、化学製品や食糧製品等のバッチ制御、シーケンス制御、火力発電プラント、原子力発電プラント、原子力運転訓練用シミュレーター、自動車やタイヤ、建材等の生産管理システムというふうに、システム以外にやったことがないくらい、システムをやってきました。火力発電所については、システムとしてアメリカが先行しており、日本はアメリカのライセンシーとしてやっていました。ところが、運転の自動化をやりたいというお客さまの希望があり、この面でも挑戦的努力をしていたアメリカから技術導入をしようと、1年間、留学して勉強したのですが、思ったほどすばらしいものはありませんでした。ですから、私達が身を入れて学んだのは彼らの「失敗」です。過去にどういう失敗をしているかということを克明に学んで、日本の発電所の自動化に役立て、結果的には日本が火力発電所の自動化で世界一になったのです。ただ、そのとき困ったのは、プラントが予想外の故障をしたときにどうするか、ということです。コンピュータでは制御できないので、人間に戻さなければいけない。そうすると、その教育というのは自動化ばかりやっているとできないわけです。異常時のプラントの制御については、「止める」ということは基本理念に持っていたのですが、安全に止めなければいけないですから、運転員がそのつど判断するのでは的確な判断ができません。いざというときの教育は別途きちんとやらなければいけないということを学びながら、自動化をやりました。また、戦後30年余にして日本の鉄鋼技術が世界一になったのは制御のおかげで、制御をいかにやるかという、システムの問題なのですね。アメリカでは膨大なデータをとって価値のあるものができれば、そのことを研究論文に書きたい、書かせてほしいと思うのですが、学会がそういう仕組みになっていませんでした。ところが、吉川先生が「第2種基礎研究がある」というわけですね。これまでの要素技術の研究だけでなくて、それらを統合してものをつくるときの過程自身が大事なのであって、それこそ新しい研究なのだと言われました。そういう研究が今までの科学アカデミーの中では軽んじられてきて、レベルの低い研究と思われてきたけれども、そうではないという話を聞きまして、まさにこれだと思いました。社会との接点のところを研究論文にすべきだと思いまして、シンセシオロジーの編集長をやらせていただいております。現在の科学は長い歴史の上に成立したもので、自然や存在物を観察し、階層化し、要素に帰着させて分析することによって多くの事実的知識を体系化してきました。その手法はすばらしい成功を収めてきたのですが、今日の地球環境問題や原発事故を見ると、これらの複合した問題を解決するためには、要素還元主義や分析主義を主流にしてきた現在の科学だけでは現実とうまく向き合えないのではないか。現在の科学アカデミーが細分化された個々の領域の中だけで仕事をしているという弊害が出ているのではないかと思うようになりました。実際には、企業の方々が“構成”とか“システム”といった行為をたくさんやられているのに、「科学」がそこまで到達していなかったのではないか、「そこまで含んで」科学だというふうにしたいと思いました。つまり、システムの設計科学であり、統合や構成の科学であり、これらを第2種基礎研究と呼んでいますが、産総研がそこをしっかりすることによって産業界の方々とのコミュニケーションもよりうまくいくのではないかと思っています。研究開発の一つの手法として、分析的研究と対比して構成的研究が認知されるようになればと思っています。民間企業が主として担う開発や商品化については、構成的行為としては第2種基礎研究と共通していますけれども、産総研等公的研究機関と民間企業では目的が同じでも手法や立ち位置は違うかもしれません。それぞれシステ
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