Vol.4 No.3 2011
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−179−Synthesiology Vol.4 No.3(2011)座談会:システム科学技術の研究開発ところが、我が国では、すぐに実証研究を始めます。要素技術について基礎研究はしますが、システム的なものについて基礎研究は必要ないと思っているのです。もちろん、あるフェーズで説得力をもたせるために実証研究は必要ですが、その前にやるべきことがあるのではないでしょうか。実証研究をパッとやっても、一つのシナリオに関してこうなったというだけで、環境が変わったら全然別の話になります。徹底的にシステム構築戦略を練り、いろいろなシナリオを想定してからやるべきです。諸外国ではほとんどのケースでそうやっています。赤松 ファンディングの話に少し絡んでしまうのですが、何かモノを作るというとお金がつくけれども、システムを設計したり、シミュレーションしたりするのに対して、お金がつきにくいですね。どうしても要素技術にお金がつきやすい傾向がありますね。なぜこの研究が必要なのか、どういうことに繋がるのか、というシナリオは重視されず、速さが何倍になるといった技術要素の性能指標を出さないと納得してもらえません。木村 それは行政組織の大きなマイナスの伝統だと思いますね。社会的期待に添う科学技術とは小林 いわゆる学術論文誌は、世の中の学術水準の上に何か一つ新しい知識を加えることが評価されます。シンセシオロジーでは、もちろん新しい知識は必要なのですけれども、何のためにどのような要素技術を選択し、それらの構成方法を構築したのかというところを前提にして、その研究成果の社会という場での実用を目指すということが最終的な目標です。研究目標と社会とのつながり、シナリオ、そのためにどういう要素を選択して、それを統合して実現しようとしたかということを論文の必須アイテムに入れています。きょうのシステム科学技術の研究開発のお話に近い部分があるような気がします。赤松 シンセシオロジーでシナリオを書く部分は、対象なり、研究課題をいかにシステムとして見ていくかです。そもそも要素が一体どういう構造になっているかという部分に注目しています。木村 システム科学技術は、さまざまな機能をもつ要素を統合して一つの全体機能の実現をうたっていますが、これはシステム的思考がとてもたけている人でないとできないですね。第4期科学技術基本計画が課題解決型になっていることに対し、学術会議はとても大きな危惧の念を発表しています。課題が与えられるということは科学者の自立性はどこにいくのか、という疑問です。課題解決型の科学技術の中で、科学者、技術者の自立性がいかに守られるべきかということですが、研究目標と社会のつながりを吉川先生は「社会的期待に添う科学技術」と言っています。そこは大きな問題提起ですね。小林 そのためにも、まず戦略を考えなければいけないと思います。課題解決の課題は、自分達が設定する、そこにアプローチする方法は自由でいい、という考え方が重要だと思います。例えば、研究を社会との関係でレイヤーで考えた場合、基礎だろうが、応用だろうが、どのレイヤーにおいても、初めにみんなで合意した研究戦略を立てたら、それで研究成果は研究戦略との関係で評価すればいいのではないかというのが私の主張です。ですから、まず重要なことは「研究目標と社会のつながり」を研究戦略の中にきちんと埋め込んでおくことだと思います。木村 科学技術はキュリオシティドリブンとプロジェクトオリエンティッドに分けられるわけがありません。科学研究の中に戦略は絶対ありますし、ある意味、どんな純粋科学技術でも課題を解決しているのです。赤松 課題が生まれる前にキュリオシティがあって、おもしろいと思ったから課題にしているのであって、それを解決するということは、そもそも自分が面白いと思ったことの構造がどうなっているかをブレークダウンして考えていくことをシステム的にやっているわけなのだけれども、そのことに気づいていないということですね。木村 好奇心がない研究なんてないですものね。システム構築戦略に必要な教育と法律小林 昔は新幹線やDIPS等、日本にはそれなりにシステムのしっかりした部分がありましたが、システム思考あるいはシステムを考えるポテンシャルが下がってきてしまったというご指摘でした。今、私達に必要なことは何でしょうか。木村 ものづくり基盤技術振興基本法が1999年にでき、ものづくり大学ができ、ものづくり基本白書を毎年出すことをあの法律は定式化したわけです。まさに世界の技術がシステム化、ソフトウエア化という「モノからコトへ」へいったときに、日本はそれと逆行したようなことになりま
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