Vol.4 No.3 2011
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研究論文:軽元素原子を可視化する新型低加速電子顕微鏡の開発(佐藤ほか)−172−Synthesiology Vol.4 No.3(2011)では内部に存在する金属単原子の孤立状態を直接観測することは不可能であった。これに対し、今回の1号機による加速電圧60 kVにおける観察では、ピーポッド試料の構造変化を軽微に止めつつSTEM-EELS分析が可能であることが実証された[23]。カルシウム内包フラーレン(Ca@C82)のナノピーポッド試料に対するSTEM-EELS分析の例を図11に示す。(a)の明視野(BF)STEM像には、7個のフラーレン分子が捉えられているが、それらの内部に1個ずつ存在するカルシウムイオン(Ca2+)の姿は判別できない。一方、(b)のEELS元素マッピング像では、矢印で示す位置に七つのカルシウムイオンを捉えることに成功している。このように試料のダメージを抑制しつつ個々のカルシウムイオンの検出・同定が可能な分析手法は、今後特に生体試料、例えば神経伝達を司るイオンチャネルのメカニズムの解明にも大きく貢献することが期待される。電子顕微鏡によるイオンチャネルの構造観察は過去にも数多く試みられてきたが、試料が電子線によるダメージを受けやすいため、内包イオンの元素分析やチャネル構造の高分解能観察に成功した例はない。高性能の低加速電子顕微鏡の実現はこのような生体試料の構造と機能を原子レベルで解明するうえで重要な足がかりとなるであろう。5.2 グラフェン端の炭素原子の電子状態観測グラフェンは炭素原子の6員環網面の単一層であり、電子特性等優れた物性が予測または実証されているため、次世代エレクトロニクスを担う機能性材料として幅広い応用が期待されている。グラフェンの電子特性は末端部(エッジ)の原子配置に大きく依存することが知られており、局所構造とその電子状態を正確に把握することは重要な課題である。このプロジェクトでは1号機のSTEM-EELS機能を利用し、電子線ダメージを大幅に低減しつつ高感度でグラフェ(a)(b)(c)強度(任意単位)0.5 nmエネルギー損失(eV)280290300310(b)(a)CaC1 nmン端の電子状態分布を測定することに成功した[24]。加速電圧60 kVにおけるグラフェン端近傍のSTEM-EELS分析の例を図12に示す。(a)のADF-STEM像に3色の矢印で示した3個の炭素原子はそれぞれ(b)の模式図に示すような局所構造に存在しており、これらの原子からは(c)に示すEELSスペクトルが得られている。ここで注目すべきは、グラフェン端に位置している炭素原子(青色および赤色)では、グラフェン内部の炭素原子(緑色)からは観測されないEELSピークがそれぞれ異なる位置(黒矢印)に観測されている点である。これらのEELSピークはグラフェン端の局所構造に由来する電子状態を反映していると考えられる。この成果は、グラフェン端に位置する炭素原子が同一のグラフェン面の内部にある炭素原子とは全く異なる電子状態にあることを、単原子レベルで初めて実証するものである。5.3 応用実験で明らかになった課題上記の応用実験では、低加速化と収差補正が進展したことにより、いくつかの新たな課題も明らかになっている。例えば、照射電子が試料中の原子を直接たたき出すこと(ノックオン)によるダメージは、低加速化によって大幅に低減される一方で、顕微鏡装置内の残留ガスが関与する試料の損失が、相対的に大きな問題となっている。また球面収差や高次幾何収差等のかつての空間分解能の制限要因がDelta型収差補正装置により十分に補正された結果、新たに電子銃のエミッタ形状等わずかな条件の差異が分解能や像質に反映されやすくなり、性能の頭打ち要因となりうることも明らかになっている。現在、これらの問題に対しては、装置鏡筒部の真空排気系の強化やエミッタ形状と印加電圧の最適化等の個別の対策を進めて解決を図っている。今後は、性能試験において実証した高い性能を実際の材料開発の研究現場における使用条件でも安定かつ容図12 低加速STEM-EELSによる電子状態分布の測定例(a)ADF-STEM像、(b)局所構造のモデル、(c)炭素単原子のEELSスペクトル。試料はグラフェン。加速電圧60 kV。図11 低加速STEM-EELSによる元素分析例(a)ADF-STEM像、(b)カルシウム(左)と炭素(右)の元素マップ。試料はカルシウム内包フラーレンCa@C82のナノピーポッド。加速電圧60 kV。
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