Vol.4 No.3 2011
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研究論文:軽元素原子を可視化する新型低加速電子顕微鏡の開発(佐藤ほか)−168−Synthesiology Vol.4 No.3(2011)上記の300 kVの場合[10]にはd/λ = 25となるが、このプロジェクトではさらに小さな値を目指した。性能評価に続き、現在も進行中の第3段階では、実際に試作機を各種の軽元素試料やナノ材料の観察・分析に応用し、学術的にも価値の高いデータを収集することにより、低加速電子顕微鏡の有効性を幅広くアピールすることを目指している。特に、これまでの装置による観察結果と比較することも考慮し、責任著者らのグループにおいて実績も多いカーボンナノ材料を中心に観察を行い、TEM・STEM・EELSの各機能を駆使して低加速化の効果を検証することとした。また同時に、前段階の性能試験では見過ごされていた試作機の実用上の問題点を精査し、速やかに改良を施すことにより、完成度の高い分析装置としての自立を図っている。以上のシナリオのもと、この研究は特に球面収差(Cs)補正、色収差(Cc)補正、カーボン(C)ナノ材料、という三つの“C”に取り組む“トリプルC”プロジェクトとして、我が国で開発した独自技術により、次世代の高性能低加速電子顕微鏡の実現を目指している。このプロジェクトは、独立行政法人産業技術総合研究所(産総研)と日本電子株式会社(日本電子)、独立行政法人物質・材料研究機構(NIMS)が共同で推進しており、観察・分析法の理論や電子顕微鏡装置、観察対象とする物質・現象に関して、個々の専門知識と経験の結集を図っている。日本電子チームは、電子顕微鏡メーカーの立場から、プロジェクトの第1段階における要素技術開発と、第2段階の低加速電子顕微鏡の試作と性能評価試験を担当している。産総研とNIMSの両チームはプロジェクトの構想段階において予備検討を行ったほか、第3段階における低加速試作機の応用実験やこれまでの装置による参照実験を担当している。なおこの研究の実施期間を通じて、およそ1、2ヶ月毎に進捗報告会を開催する等、チーム間、メンバー間の情報共有と意見交換の場を設け、また性能試験や応用実験には積極的に相互に立ち会う等、共同プロジェクトのメリットを最大限に活用するよう努めている。以下、この論文では“トリプルC”プロジェクトにおける低加速TEM/STEM開発のなかで、特に中核をなす要素技術開発および試作機の性能評価(日本電子チーム担当)の概要を記すとともに、現時点での代表的学術成果としてカーボンナノ材料への応用例(産総研チーム担当)を紹介する。3 コアとなる要素技術3.1 低加速電子銃電子顕微鏡装置において、電子銃は電子線を安定に発生し、所定のエネルギーまで加速する重要な役割を担う。特にこのプロジェクトにおける電子銃には、STEM-EELSによる単原子の検出・同定を高いシグナル・ノイズ比(S/N)で行えるよう、十分に大きな輝度(電流密度)をもつとともに、色収差による像のぼけを抑えるため、十分に小さなエネルギー幅をもつことが求められる。例えば加速電圧EがE+dEに変化する場合、色収差による像のぼけの大きさはdE/Eに比例するが、これはすなわち、加速電圧Eが低いほど色収差の影響が大きくなることを意味する。したがって低加速電子銃の開発では、電子線のエネルギー幅ΔE(通常、試料のない状態で測定した透過電子のエネルギー分布における半値幅で評価)を可能な限り小さく抑えることが、極めて重要である。このプロジェクトでは、輝度とエネルギー幅の両面において有利な、冷陰極式の電界放出型電子銃(FEG: field emission gun)を採用した。電子線の発生源であるエミッタの形状や電子線に電場を印加する加速管の構成を加速電圧30-60 kVにあわせて最適化するとともに、高圧電源や各部の電気回路にノイズ対策を施して安定化を図った。この結果、図3のEELSゼロロスピーク図(透過電子のエネルギー分布図)に示すように、加速電圧60 kVにおいて0.27 eV、加速電圧30 kVにおいて0.30 eVという優れたエネルギー幅を実現した[11]。3.2 球面収差補正装置電子顕微鏡の鏡筒を構成する電子レンズは、電子線に対して磁場がLorentz力による屈折作用をもつことを利用している。電子レンズを通過した電子線は光軸上の1点すなわち焦点に収束するのが理想的であるが、実際にはレンズがもつ各種収差により焦点にずれを生じ、像のぼけや歪みを引き起こす。特に対物レンズの球面収差は、高倍率観察において空間分解能を制限する大きな要因であった。近年、レンズ後方に複数段の磁場多極子を配置して負の球面強度(カウント)強度(カウント)エネルギー損失(eV)エネルギー損失(eV)0.30 eV30 kV0.27 eV60 kV(b)(a)0.80.40.0-0.4010002000300040005000600001000200030004000500060000.80.40.0-0.4図3 低加速専用電子銃のエネルギー幅の評価(a)加速電圧60 kV、(b)30 kV。
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