Vol.4 No.3 2011
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研究論文:軽元素原子を可視化する新型低加速電子顕微鏡の開発(佐藤ほか)−167−Synthesiology Vol.4 No.3(2011)めて有効であるという点にいち早く着目し、カーボンナノ材料の原子レベル構造評価において、当時としては比較的低加速の120 kV電子顕微鏡の有用性を世界に先駆けて実証してきた。カーボンナノ材料中に孤立させたガドリニウム(Gd)単原子を、STEM観察と電子エネルギー損失分光(electron energy loss spectroscopy, EELS)分析により検出・同定することに成功した[3]ほか、CNTの炭素原子配列に由来するmoiré模様をはじめてTEM像にとらえた(2004年)[4]。さらにTEMへの球面収差補正装置の導入により、加速電圧120 kVにおいてCNTの炭素原子六員環構造の直接観察(2007年)[5][6]を実現したのに続き、加速電圧を80 kVまで低下させて高分解能観察を行うことにも成功している(2008年)[7]。これらの各段階で撮影した単層(single-walled, SW)CNTの高分解能TEM像を図1に並べて示す。ここでは技術的な解説は省略するが、同一のTEM装置を使用して撮影した像でありながら、収差補正の有無と加速電圧に応じた分解能とコントラストの差異が容易に見い出せる。上記の成果を得る一方で、現状のTEM/STEMをさらに多様な試料、特に生体分子等ソフトマターの高分解能観察に応用することを想定すると、試料の照射損傷の低減や軽元素の検出感度と空間・時間分解能の向上が、依然として重要課題であることが明らかになりつつある。既存の電子顕微鏡装置で軽元素物質の観察のみに特化して開発されたものは皆無であり、単分子・単原子レベルの観察と分析の実現には過去の高加速化とは一線を画した革新的技術の開発が不可欠である。このような現状を踏まえて筆者らは電子顕微鏡の大幅な低加速化と原子分解能の達成という一見相反する困難な課題に同時に取り組み、ソフトマターの観察に最適な低損傷・高感度・高分解能観察を実現することを目標として、2006年にJST-CREST [8]の支援を受け本格的に研究に着手した。この研究は既存の電子顕微鏡の改良・発展ではなく、低加速専用装置の新規開発を行うという点において、世界初のプロジェクトとなった。2 目標を実現するためのシナリオこのプロジェクトの構想段階において最終目標に設定した低加速電子顕微鏡装置の構成と、予想される応用事例を図2に模式的に示す。図中のCsとCcはそれぞれ球面収差(spherical aberration)と色収差(chromatic aberration)を表す。既存のTEM/STEM装置の現状と課題を踏まえ、またこのプロジェクトがJST-CREST課題[8]として5年半の期間(2006年10月‐2012年3月)で実施されることを考慮し、プロジェクトの第1段階で重点的に開発を進める要素技術として、以下の3項目を設定した。・低加速専用電子銃:加速電圧30−60 kVで安定作動し、特に単色性と輝度の面で高性能をもつもの・球面収差補正装置:既存の製品を超える収差補正能力をもち、低加速化による分解能面での不利を十分に補うもの・色収差補正装置:過去に前例[9]がほとんどない色収差補正を、独自の新方式により実現するもの続く第2段階には、これらの要素技術の統合による低加速専用電子顕微鏡装置の試作と、その性能評価試験を位置付けた。プロジェクトの開始当初、試作機としては図2に示すように、TEM/STEM両用の球面収差・色収差同時補正機能を有する、いわば万能機を想定していた。しかし第1段階での各要素の進捗状況を考慮し、より着実かつ効率的に開発を進めるため、実際には用途に応じて装置構成の異なる2台の試作機を整備することとなった。性能試験においては、既存の電子顕微鏡装置により達成された加速電圧300 kVにおける最高の空間分解能であるd = 0.05 nm[10]を評価の基準に設定した。もっとも、ここでは分解能の値を直接比較するのではなく、その加速電圧での電子線波長λによって定まる波長限界にどれだけ近づいたかという点で評価するため、d/λ比に注目した。例えば、(b)(a)(c)(長時間露光)ダメージフリー観察低加速TEM/STEM基本技術高感度検出システム結像系Cs+Cc補正照射系Cs+Cc補正低加速用冷陰極電界放出型電子銃(加速電圧:5-60 kV) (DNA配列など) 高分子材料 生体材料(ガス吸着など相変態)液相・気相の観察(触媒反応など)化学反応の直接観察(点欠陥・イオン伝導 過程の観察など)無機材料への応用(本課題)ソフトマター・ナノ材料への応用(波長限界に挑戦)更なる高分解能化図1 SWCNTのTEM像の比較(a)加速電圧120 kV、球面収差補正無し、(b)120 kV、補正有り、(c)80 kV、補正有り。スケールバーは1 nm。図2 低加速TEM/STEMと将来展望

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