Vol.4 No.3 2011
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研究論文:人の認知行動を知って製品やサービスを設計する(赤松ほか)−150−Synthesiology Vol.4 No.3(2011)議論5 初期仮説質問1(持丸 正明)行動観測にはある程度の初期仮説(調査、観察等によるクリティカルパラメータの設定とエリートモニターの選択)が必要であり、この初期仮説に基づいて設定した文脈、場に応じた結果しか得られないとも言えます。そういう意味では、初期仮説を構築した時点で、CCEによって「掘り起こせるであろう知見」の枠組みをあらかじめ決定している面があるのではないでしょうか。初期仮説をできるだけきちんと構築するためのプロセスというのはできあがっているのでしょうか?回答1(赤松 幹之)ご指摘のように、クリティカルパラメータの設定とエリートモニターの選択が大変重要で、これによって得られる結論の枠組みを決めることになりますが、CCEは初期仮説を検証することを目的とした仮説検証型の研究のための手法ではありません。なぜなら、検証する仮説はあくまでクリティカルパラメータやエリートモニターの選定といった製品やサービスの枠組みを決めるもの(カーナビや競技場での観戦)であって、その製品やサービスが提供するコンテンツの枠組みを直接的に決めるものではないと考えます。CCEの手順は、製品やサービスを設計するための手掛かりを得やすくするための手順であり、初期仮説を設けることによって、仮説なしでやってしまって結論が見えてこないことを避けることができると考えています。いずれにしても、初期仮説は極めて重要ですが、現時点における私達の考えは、初期仮説を構築するときには、研究者としての洞察力を可能な限り駆使しながら、できるだけ思い込みを排除して対象を眺めよ、ということになります。経験的に言えば、思い込みを排除して仮説を構築するためには、対象とする人の特性についての種々の知識や、構築することを想定している製品やサービスの特性への深い理解が重要になります。それは他のさまざまな学問領域において研究に取り組むときの、最初の洞察と全く同じことであり、その最初の洞察の深さが研究成果の質を左右することになると言えます。質問2(持丸 正明)回答にある「CCEの手順は、製品やサービスを設計するための手掛かりを得やすくするための手順であり、仮説なしでやってしまって結論が見えてこないことを避けるためのもの」という部分がこの論文の本質をよく表しており、これを基にして「研究者としての洞察を駆使し、可能な限り思い込みを排除して初期仮説をつくり、それに基づいてCCEの手順を使うことで、見通しよく製品やサービスの枠組みを構成できるようになる」という研究の進め方だと理解しました。しかし、初期仮説を構築した上でCCEを活用する「研究の進め方」は、やはり仮説検証型ではないのでしょうか?その検証は難しいですが、例えば、製品やサービスの枠組みが適切に構成され、いままでにない製品やサービスが利用者や社会に受け入れられ、社会の変容につながったことが、初期仮説とCCE手順に沿った枠組みの構築が適切であったことの検証になるということではないのでしょうか?回答2(赤松 幹之)仮説検証型の研究手法ではないと述べたのは、厳密な「検証」にはこだわらずに、仮説が間違っていないようであれば、その仮説に基づいて製品やサービスの機能を設計する段階に研究を進める(あるいは、現状の技術では実現できないと断念する)という研究シナリオをとるということです。もちろん、設計した製品やサービスの機能がユーザーに適合することができ、結果的にユーザーや社会に受け入れられれば、仮説が正しかったという検証になるのですが、この論文での研究シナリオの目的は構成すること(構成学)であって、仮説検証によって認識するためのものではない(認識学ではない)とあえて主張したいと思います。具体的な例で言えば、高齢者の駅内の移動の研究では、仮説は「高齢者の認知機能低下は幾つかの異なるタイプがあり、それは注意機能、遂行機能等の低下による」というものでした。この仮説に基づいて実験計画を立ててCCE実験をした結果、仮説を支持するように認知機能低下のタイプによって駅内行動が異なっていることが見出されました。このように機能低下のタイプの存在は検証されたと言えますが、この研究の目的は「機能低下にはタイプがある」という仮説を検証することではなく、その機能低下に応じた支援方法を考案することでした。(必ずしも積極的な案がでるとは限りません。注意機能低下群にとっては、いくら駅内に案内サインを設置してもそれに注意を向けられないので、サインは支援方法にならないことが分かりました。)このように、研究シナリオの一部には仮説検証のプロセスが含まれますが、それ自体が目的ではない研究方法と言えます。議論6 行動観察における介入と実験設定質問(持丸 正明)行動観測には、なんらかの介入を伴う場合があると思います。その介入が将来構成するところの製品・サービスに近いものでないと、介入による行動観測の深い理解をしても、よい構成方法に展開できないでしょう。例えば、リアルタイムでかなりの情報を処理して提示するとか、遠隔の情報を統合して何かを返す等のサービスの場合は、介入そのものにITを使わざるを得ず、その実験用ITの構成の如何が行動観測に影響してくるものと思われます。こういうケースはどう考えたらよいのでしょうか?回答(赤松 幹之)一つのアプローチは、例えば遠隔情報といった技術的な制約を所与の条件として、実験設定を行うことです。例えば、通信遅れがある場合に、どういった情報提供の仕方が喜ばれるのかを把握したいときには、擬似的に遅れを作って実験をすることができます。この技術的な制約をどれくらい所与の条件とするかは、例えば、機器やシステムはそのまま使いたくて、コンテンツだけ改良したいのか、機器やシステムの基本構造を変えても良いのか等によって違ってくると思います。構成学のための方法としてのCCEでは、介入における制約条件を、実現しようとする製品やサービスの構成に合わせて決めることが重要であると考えています。ただし、あまり最初の段階で製品やサービスの構成を決め、それを所与のものとしてしまわないで、できるだけ前提としての制約のない条件下でCCEのクリティカルパラメータを選定する方が、これまでになかったような製品やサービスが生まれるものと考えています。議論7 製品設計のための定量データコメント(持丸 正明)CCEで得られる質的な仮説やモデルを、最終的になんらかの量的なデータに置き換え、それらを製品・サービスの設計に活かしていくのが典型的な流れかと思います。質的なモデルを、どのように量的なデータ、設計につなげていくべきか、お考えがあれば聞かせて下さい。回答(赤松 幹之)製品設計に必要な量的データについては、提供コンテンツがCCEによってある程度具体化した段階で、一般的な人間工学実験によって定めることができます。CCEという手法は、製品の定量的な仕様を決める前段階、すなわち製品やシステムが備えるべき要件を見いだすために有効に働く手法と考えています。
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