Vol.4 No.3 2011
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研究論文:人の認知行動を知って製品やサービスを設計する(赤松ほか)−147−Synthesiology Vol.4 No.3(2011)仕様に落とし込む。場合によっては、現在の技術レベルでは実現できないという判断をし、断念することもある。そして、その仕様に基づいたプロトタイプを構築し、想定されているターゲットユーザーを用いて、狙っている状況下で試用実験を行い、その評価を得ることになる。製品の場合には、時間を含めて開発コストがかかることから、最終的に誤った方向に行ってしまわないように、開発プロセスのさまざまな段階で実験評価を行う必要があるが、サービスの場合には、製品に比べてサービスの施策を試行し易いことから、実際のサービス提供プロセスの中に早く組み込むことができる。そして、それを実行して、狙ったユーザーに対してサービス設計者が想定したサービスが提供できており、そのサービスの効果が上がっているかを調べ、効果が上がっていなければどこに問題があるかを把握して、施策を改良するといったサイクルを回すことで、仮説の検証を進めるとともに提供するサービスをよりユーザーに適合したものにすることを目指す[17]。6 考察技術を統合して社会で使われるものを実現する時の構成の考え方は、技術分野によって違いがあることを、シンセシオロジーの論文の分析から小林らは指摘している[18]。例えば、ナノテクノロジーや材料・デバイスといった物質そのものを扱う研究分野であれば、自然科学の知識を駆使して、対象物に影響を与える要因や要素技術を明らかにして、それに基づいて構成のために何をなすべきかを選択して決めることができる。これに対して、ライフサイエンスの一部や人間生活を扱う研究分野では、要因が多いだけでなく、未知の要因も多く残されていることから、製品やサービスを社会導入してその評価を得ながら進展させるというスパイラル的なアプローチがとられることがある。しかし、この時に最初に導入される製品やサービスが社会に受容される見込みの高いものでないと、スパイラル的アプローチであっても浸透はしていかない。そういった失敗をしないためにも、製品・サービスが受容されるための要因や要素技術を可能な限り明確化して、事前に検討できる方法が必要である。CCEはターゲットユーザーの実際の使用場面における変数をできるだけ抽出して構造化する方法であり、対象とする認知行動に影響を与える要因を明確化して構成のために何を選択すべきかを決めるという意味において、物質を扱う研究分野での構成的研究と同様のアプローチをとることを目指したものである。物質を扱う研究アプローチと似ているとはいっても、自然科学的な厳密さをもつことはできない。エリートモニターやクリティカルパラメータの選定に対して、仮説検証的なフィールド実験を行うが、その結果に対して統計的検定によって仮説の妥当性を示すことは困難である。CCEでは、エリートモニターのタイプごとの実験参加者はたかだか数名程度である。フィールド実験で状況をある程度一定にしようとするだけでも、1日に1〜2回のチャンスしかないことが多い。例えば、鉄道利用であれば、混雑度の影響を避けようとすると実験を実施できる時間帯は限られる。また、実生活場面で行った行動は全く同じ行動というものはなく、定性的な分析にとどまることが多い。例えば、あるタイプの実験参加者数名のうちの過半数が同様の行動をとり、かつ他のタイプでほとんどみられなければ、タイプ分けの仮説が間違ってはいなかったと判断することになる。したがって、自然科学的な意味での仮説検証にはなっていない。実験規模を大きくすれば自然科学的な仮説検証も可能との期待もあるが、実生活場面では同一の状況が繰り返して存在することはないと考えると、再現性という観点での検証は本質的にできないと考える方が妥当である。したがって、厳密な検証を目指すことに時間をかけても、無益な結果しか得られない可能性が高い。私達が製品やサービスを利用している日常生活は時々刻々変化しており、二度と同じ状況下におかれることはないことから、そもそも、自然科学的手法に頼ることの限界があることを認識しておく必要があろう。しかし、だからといって、事象に対する影響要因をできるだけ精緻に理解するという自然科学的な研究態度を放棄しては、製品やサービスが社会に受容されるまでのギャップを短くすることはできない。実生活場面を使うという点において、CCEは社会学的な方法に似ているが、社会学の方法としてのエスノグラフィは社会における人の行動をできるだけありのままに記述することで、社会という人間集団内に共通する行動原理を見いだすこと、すなわち社会を理解することを目的としている[11]注7)。これに対して、CCEは個人特性の違いを明確化し、状況設定をする等実験的統制を行っている。これは製品やサービスを構築することを目的とした構成的研究アプローチのためであり、エリートモニターやクリティカルパラメータにより製品やサービスを設計する手掛かりを得ることができる。CCEによる知見に基づいて製品やサービスを構築して、その評価のサイクルを回しながら製品やサービスがユーザーにより受容されていけば、そのことが得られた知見の正しさを検証することになるとともに、社会に受け入れられる製品やサービスを導入することになる。開発者の頭の中だけで考えて良い製品やサービスを構築することは容易ではない。CCEを用いることで、製品やサービスを効果的に設計することができる。また、その使用に対する評価においても、これに基づいて視点を明確化する
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