Vol.4 No.3 2011
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研究論文:人の認知行動を知って製品やサービスを設計する(赤松ほか)−142−Synthesiology Vol.4 No.3(2011)3 認知的クロノエスノグラフィ法の開発3.1 回顧的インタビュー1970年代に認知科学の分野で認知過程を分析する手法として発話プロトコル法が提唱された[8]。これは、頭に思い浮かべたことを、その場ですべて発話して表出してもらう方法である。前述のように、人は状況の下で得られる限られた手掛かりを元にして連続的に行動を選択していることから、それは必ずしも目的達成のための最適な行動選択にはなっていない。しかし、事後に人が自分の行動を他人に説明する時には、自分自身の行動のつじつまがあうように、断片的に記憶されている自分の行動に全体合理性があるように説明してしまう。そのために、過去におきた出来事についての言語による表出は必ずしも信頼ができないとみなされていた。発話プロトコル法の場合には、リアルタイムで発話させることから、後から再構成して合理的説明をすることができないという利点がある。この方法は、情報機器のユーザビリティ(使い易さ)の研究のために多く用いられたが、頭に浮かんだことを逐一言葉にして表出することに気がとられ、機器の操作が滞ることがおきる。そのため、実験室で機器操作を行う場合にはあまり問題にならないが、日常生活場面における認知行動を研究する場合には適用がしにくい。リアルタイムで認知内容を発話できない場合には、後から振り返るしか方法はないが、それを本人の記憶だけに頼ることはできない。そこで、行動している時の環境の状況を行動と同時に映像で記録して、その映像を再生しながら何が行動のきっかけとなったかを行動した本人に報告させる方法を考案した[9]。心理学における学習と記憶の研究では、その場に行ったり、その場に存在していたものを見せると、その時の出来事の記憶(エピソード記憶)がよく想起できることが知られており、これは文脈依存記憶と呼ばれている[10]。行動とともに時々刻々変化していく本人の視点からの映像を見せることは、それぞれの瞬間の環境の状況を想起する手掛かりを与えることになることから、その状況下で自分の中におきた認知や判断を想起し、それを報告するために有効に働くと考えた。過去の自らの行動を映像記録で再度体験しながらその時の認知過程を逐一発話させる場合には回顧的発話プロトコル法とみなせる。一方、実験実施者側が注目したい行動だけを取り出してその認知や判断過程を答えてもらう場合にはインタビュー形式になるので、それを回顧的インタビュー法と呼ぶことにした。製品やサービスを設計する目的で使う場合には、生活行動のすべてについて発話をしてもらう必要はないので、設計に関連する可能性のある行動をインタビュアーがピックアップして質問する回顧的インタビュー法となる注3)。3.2 クロノエスノグラフィ社会での人の営みを理解するために、エスノグラフィ(Ethnography)という社会学の方法論がある[11]。人々(=エスノ)を記述(=グラフ)するという意味であり、社会集団の中に入り込んで社会の構成員の行動を観察して、その人達にインタビュー等をして、その社会での人々の営みを言語によって記述する研究方法である注4)。実生活の状況の中での認知行動に注目して人の営みを記録・分析するという意味において、回顧的発話プロトコル法や回顧的インタビュー法は認知科学的手法とエスノグラフィ的方法を組み合わせたものと言える注5)。本来エスノグラフィはありのままの社会の営みを理解するためのものであるが、製品やサービス設計につなげていくためには、次節で述べるような実験的な統制も組み込んだ方法が有効である。人間を理解・認識するためだけの研究からは、製品やサービス設計に活かせる知見を得ることは難しいからである。ある特定の人が製品やサービスを有り難いと感じるかどうかは、その人がどういった認知特性を持ち、どういった履歴を持ち、どういった経緯の下で現時点でのその人となったのか、という時間的履歴に依存することから、それを陽に扱うこととした。したがって、時間的に変化する人であることに注目して、その場の状況下におかれた人の認知過程を詳細に記述して明らかにするという意味で、時間を意味するChrono- と認知を意味するCognitive をエスノグラフィ(Ethnography) に付加して認知的クロノエスノグラフィ法(CCE)と命名した。3.3 エリートモニターとクリティカルパラメータ製品やサービス構築のために人の認知行動を明らかにしたいという企業との共同研究をきっかけとして、高齢者の駅内での移動や自動車運転といった生活場面を対象として、頭部等につけた小型カメラによって行動シーンを記録した映像を使った回顧的インタビュー法を実践的な方法として適用していくなかで、認知的クロノエスノグラフィ法を開発していった。紙面の制約上詳述できないが、調査対象者のタイプを、事前の仮説に基づいて選定して、それを実験参加者とすることで、個人の特性ごとの行動特徴を明確化できることが分かった。高齢者の駅内での移動の場合でいえば、高齢者の認知機能の違いの仮説として、注意機能が衰えているもの、作業記憶機能の衰えているもの、プランニング機能が衰えているものがあるとして、この違いがでやすいような実験計画を立てることで、この仮説の検証を行った[12]。さまざまな個性を持っている人を対象とする場合には、このようにその個性のタイプ分けについての仮説を設けて、その仮説に基づいて典型的なタイプの人を

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