Vol.4 No.2 2011
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論文補遺:PAN系炭素繊維のイノベーションモデル(中村ほか)−113−Synthesiology Vol.4 No.2(2011)【追加的解説】この論文は、「概要」および「はじめに」に記述したとおり、公的機関の研究成果が社会に認知され、産業界へ移転されて産業変革につながっていった中で、イノベーション誘発の初期過程を、旧大阪工業技術試験所のマネジメントおよび研究者の内面的動機や行動を中心に、可能な限りの文献と当事者(この論文の謝辞に記載)へのインタビューに基づいて検証し、構造化を図ったものである。したがって、PAN系炭素繊維の開発の全過程に関する技術史ではない。1 大工試における「戦略的」な研究推進についての解説160頁右2.1(2)原文;戦略的に発表されたと容易に考えられる。「戦略的に発表」と記述したのは、“発表された”という事実の裏には、行き当たりばったりではない戦略性があったと、当事者インタビュー等をもとに分析・推論しているものであり、発表という事実に関する著者の見解である。研究そのものについては、「個人の興味、関心に基づいてテーマが設定される」と随所に明確に記述してある。これは、当時の上司(進藤研究者の場合、仙石)の研究指導の一部であり、「人によって研究テーマの選択や研究の進め方についての自由度は大きく異なっていた」ことに由来する。また、進藤;「炭素繊維の開発も新聞記事を見たことによる偶発的なものである」、ということもこの論文で明確に記述してある。このようにテーマ設定や新たな発見等はむしろ研究者個人の自律性や新聞報道等による偶発性に依存するものであり、「研究開発は戦略的・計画的になされる」との近年一般的に言われているMOT的論評とは明確に一線を画している。この論文で取り上げたモデルにおける「戦略」とは、研究開発の初期段階における個人またはグループの自発的な行為を包含し、その行動や成果の普及を組織が阻害せず、逆に激励・発展させる諸施策(知財確保の奨励等)がなされることを言っている。つまり、研究という個人の自発的行為と組織の戦略性とは二律背反ではなく、両立しうるもの、さらに言えば両立させてこそイノベーションが加速されるということがこの論文の主張である。研究成果をあげるためのマネジメントの背景の例として、161頁左2.2「大工試がインフラ整備、人心の鼓舞を図っていた。」との記述は、「大阪工業技術試験所50年史」[11]の記述を基に、関係者へのインタビューにより確認したものである。上記文献には、同所の研究発表や特許出願数の急増、放射化学実験室の建設、技術相談所の開設、大仁(大阪)から池田への集中化構想等の事実が記されており、これを根拠としている。さらに、161頁左2.2「組織的な取り組みを企図していることがうかがえる」との記述は、昭和34年(1959年)度「大阪工業技術試験所年報」[9]の記述にあるとおり、「炭素材料研究」の中に「繊維状黒鉛の研究」が、組織(大工試)として設定されていることを根拠としている。また、特許出願に関しても学会発表の前に申請するという原則は守られている。国研や大学で特許の重要性が認識され始めたのはいわゆる日本版バイドール法と呼ばれる「産業活力再生特別措置法(第30条)」が施行された1999年以降である。これによって、公的機関による知財実施が活発化され、知財の重要性が飛躍的に高まった。戦後間もない1950年代および60年代で“パテント・ファースト”の原則が実行されていることは特筆に値する。著者はそこに着目しており、それを組織的戦略と個人の自発性とが両立する一つの証左と分析するものである。2 イノベーションへの迅速展開に向けた行動についての解説163頁左2.5(1)原文;企業研究者にとって日常の会話から得た技術情報を自分自身の思考展開で眼前にある課題解決または新規提案にこぎつけてある程度の成果が得られた場合、往々にして当該成果に繋がった種は大工試にあることを言わないで社内説明展開を行ったようだと著者の一人は聞く。この論文の表現においては、「大工試側から日常の会話を通して得た情報に基づいて企業研究者が独自努力をして得た成果」に限定された文脈になっていること、また、それを問題にしているものではなく、得た情報をヒントにセレンディピティー的発想があった場合にその成果の背景には大工試情報(貢献)があるということを必ずしも社内で明示してくれていないのではないか、という当時の大工試側の一般的な認識を述べている。何らかの原情報をもとにイノベーションに繋がる発想や研究展開があった場合、結論だけの報告ではなくその場の議論の展開において、発想に至った原情報や思考展開プロセスも併せて紹介したほうが意見交換の幅が広がり、上乗せの展開の可能性が期待できるからである。3 イノベーションにおける「死の谷」の軽減についての解説163頁右2.5(2)原文;先発グループと第2グループ
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