Vol.4 No.1 2011
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−51−Synthesiology Vol.4 No.1(2011)座談会:日本のものづくりとシンセシオロジーきものを追求する科学ということですね。私は持続可能な社会をつくりあげていくには設計科学をもっと意識すること、かつそれは認識科学があっての設計科学になりますので、この連携を可能とする俯瞰型人材育成プログラムを設置し、国はきちんとそれを支えるべきだと思います。日本学術会議が公表した「日本の展望−学術からの提言」でも同じ提言がされています。矢部 設計科学の重要性と、そのシンセシスの部分をいかに社会に認めてもらうか。この分野は論文が書きにくいと思うのですが。柘植 社会のために科学技術を実践するには、設計科学人材を育てないといけません。俯瞰力、シンセシス力、共創力を持つ人材の養成です。ですから、認識科学と設計科学では評価基準が違うのです。それぞれの評価基準を明確にし、「社会のための科学技術」の国民的理解を深めていく活動がベースだと思います。技術イノベーションのためにシンセシスができること矢部 私たちも設計科学の重要性を認識してもらいたいがために、“社会技術”という、社会との接点の技術という言い方もさせていただいています。技術イノベーション、まさにグリーンイノベーション、ライフイノベーションの創出というお話が柘植先生の最初のご議論にありましたが、シンセシスができること、またシンセシオロジーに期待されることはありますでしょうか。柘植 シンセシオロジーは巨大複雑系社会経済システムの創成力、日本のものづくり力、フロントランナー型のイノベーションの創出力を支える基盤的な学問であり、同時に実学でもあると思います。シンセシオロジーには、学術としての評価基準を確立し、かつ現場で実学としての役割を果たしてほしい。私は、設計科学、あるいはシンセシオロジーは学術的な意味付けができると思うのです。そこが学術としての評価基準という意味になりますし、例えばファンディングするときの基準も、設計科学の中で価値があるかないかということで議論できます。学術界の挑戦課題だと思います。矢部 これを「シンセシオロジー」にあてはめて言えば、これまで産総研がシンセシオロジーとして発信したものを、設計科学の視点から見て大事な点をもっと整理してさらに発信していくことが必要だということですね。成合 シンセシオロジーを拝見して、産総研は役立つ研究を随分進めていると思いました。社会ニーズを把握するという場合、グローバル化した今後の社会、発展途上国を含めて、世界を考えるという視点が重要になってきます。各国で競い合い、優れた技術が勝つことになるわけですが、それに備えるには、日本のこれまでのシステムの改革、場合によっては国民の意識改革が必要となるでしょう。シンセシオロジーへの期待ですが、第2種基礎研究や本格研究は初めて聞く言葉でしたが、技術開発におけるこのような問題意識は漠然と持っていたので大変関心を持って毎回読んでおります。今日の高度な技術社会において重要な方法論を提案しておられますし、これが産総研の研究範囲だけでなく、広い分野に広がることを期待したいし、研究者が実用的な研究を広く深く考えることは、柘植先生のおっしゃった人材育成になります。特に討論は大変貴重で参考になります。これを継承していく編集者が育つことによって、真の意味での日本におけるプログラムマネージャーや研究コーディネータの育成にうまくつなげていただければと期待します。矢部 シンセシスからいかに日本の特徴を出し、世界を引っ張っていく方向性まで出せるか、これもまさにシンセシオロジーの役割だと思います。今までシンセシオロジーとして発信していたものを体系化し、設計科学の観点からまとめ直し、その重要性を発信することで、世界をまさにリードしていきたいし、それが日本の将来にとっても大事だと思います。きょうは本当にありがとうございました。本座談会は、2010年9月6日、東京都千代田区にある産総研秋葉原事業所において行われました。略歴成合 英樹(なりあい ひでき)1938年東京生まれ。1962年東京大学工学部機械工学科卒業。1967年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、工学博士。同年4運輸省船舶技術研究所入所、研究員を経て主任研究官。1980年4月筑波大学構造工学系助教授。1987年11月教授。2002年3月定年退職、名誉教授。2002年〜2003年日本原子力学会会長。2003年10月独立行政法人原子力安全基盤機構理事長。2009年3月理事長退任、同年4月特別顧問、2010年3月特別顧問退任。日本学術会議連携会員。専門分野は熱工学、原子力安全工学。柘植 綾夫(つげ あやお)1943年東京生まれ。1967年東京大学工学部卒、1973年同博士課程修了、工学博士。1987年Harvard Business School AMP101修了。1969年三菱重工業(株)入社、原子力発電の研究開発に従事。原子力研究推進室長、高砂研究所長を経て同社取締役技術本部長、代表取締役・常務取締役技術本部長。2005年1月内閣府総合科学技術会議常勤議員、2007年1月三菱重工業(株)特別顧問、2007年12月芝浦工業大学学長。日本学術会議会員、日本工学アカデミー副会長。
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