Vol.4 No.1 2011
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研究論文:有機化合物のスペクトルデータベースの開発と公開サービス(齋藤ほか)−32−Synthesiology Vol.4 No.1(2011)割を果たしている。一般にデータベースは多くの情報を蓄え、その中から必要な情報を効率的に検索することでその力を発揮する。このようなデータベースの構築と維持には、多くの資源と時間が必要となり、このデータベースも例外ではない。しかし、データベースの利用者に対して、この開発維持の対価を要求すると、利用することができるユーザーは限定されてしまう。このデータベースは、公共財として無料で公開することで、産業界はもとより、スペクトルデータの利用法を学習する人も含む多くの人々に機会を与える役割を担っている。無料で公開することで、数多くの企業がデータベース構築に付随するコストをかけずにスペクトル情報を化学分析の現場で利用することができ、これによって化学分析のコストが低減される。すなわち、このデータベースは、産業を支える知的基盤としての役割を果たしている。さらに、実際に大学からの利用が国内では全体の36 %あることや、教科書や研修資料にスペクトルを利用したい旨の依頼が数多く寄せられるように、国内外でスペクトル利用法の教育にも広く使われており、社会全体に大きく貢献していることがわかる。4.3 ユーザーからのコメントへの対応データベースを公開したことによりユーザーからは多くのコメントがメールで寄せられる。研究の多くは論文の形で世に問われて評価されるが、このデータベースは世界中にいるウェブユーザーに直接問われており、ユーザーから得られる評価の表れの一つがコメントである。ユーザーからのコメントを真摯に受け止め、それを活用していくことはデータベースの今後の方向性を見極め、さらに発展させるために重要だと考えている。コメントは利用許諾の申請、そして技術的な質問や指摘に分類される。感謝のメールも多く届き、私達もそれらを見ると勇気付けられる。技術的な指摘はNMRの帰属の間違い、測定条件の問題等がある。技術的な間違いの指摘を受けたときには、すぐにそのデータの精査をする。この段階でユーザーからの指摘に対する判断ができない場合には、スペクトルを再測定することもある。スペクトルデータを再精査した結果、ユーザーのコメントが正しいと考えられる場合には、すぐに修正を行う。ウェブで公開しているデータベースの情報が正しいと判断した場合には、指摘してくれたユーザーに対して説明を行った上でその情報の公開を継続する。再測定には同じ化合物を可能な限り入手して対応しているが、それができない場合にはそのデータを取り下げることもある。ユーザーからの、ウェブで公開しているスペクトルの画像、すなわちGIFファイルの他の資料への利用許諾に関する申請には可能な限り利用してもらえるように対応している。いずれのコメントも、このデータベースで公開しているデータの質が確保されていることの一つの現れと考えており、今後ともこのようなコメントに対して迅速に対応できる体制を維持していくことが重要と考える。アクセスログの解析から教育機関からのアクセスが多いことを示したが、教科書に頻繁に現れる化合物のスペクトル、特に1H NMRに関する問い合わせが届くことがある。これらの化合物には共鳴周波数が90 MHzで測定された1H NMRが多いが、現状により即した400 MHzの情報も加えることが今後必要であろう。5 まとめ1982年に構築を開始して以来、産総研の有機化合物のスペクトルデータベースはこれまでに3回の大きな世代交代を伴った。直接開発に中心的に携わった第1世代はプロジェクトを立ち上げ、その後のこのデータベースにとって重要な方向付けを行った。第2世代はウェブ公開を実現し、大型コンピュータが利用できなくなった際のデータマネージメントシステムの原型を完成した。大型コンピュータでは利用できなかった小文字への対応も開始され、化合物名称や分子式等の表記上の問題の解決が行われた。著者らは第3世代にあたる。2001年に工業技術院物質工学工業技術研究所から産総研に組織が変わった頃、ちょうど現在のスタッフを中心とした活動が始まった。前後してこのデータベースのためのMS、NMRやIRの装置を更新した。スペクトル毎に別々に活動してきたスペクトル担当のスタッフが、化合物辞書を整備するスタッフと活動拠点を同じにした。このような環境を手に入れたことにより、測定スペクトルに疑義があった化合物や辞書情報の内容について確認や議論を円滑に行うことが可能となり、公開前のスペクトル情報の管理や、そこから公開用のデータを作るための内部データ管理ツールを充実させることができた。ウェブでは検索等の機能拡張を行ってきており、産業界のユーザーに留まらず、ウェブ公開によって教育への利用が多くなったことで、これまでと異なるデータ収集の方針を検討することも必要になってきた。一例がスペクトル、特に1H NMR情報の更新である。データベースに真剣に取り組む研究者がいなければ、データベースの活動は成り立たないのは言うまでもない。加えて、この研究者の取り組に対する組織からの支援があったことが、継続的な活動を可能とした。このデータベースはウェブで多くのユーザーに支持されており、需要があることも組織的な支援を受けられた要因である。これら研究者と組織が両輪となり、ユーザーに必要とされるデータベースを構築したことが、このデータベースが長期間にわたる

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