Vol.4 No.1 2011
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研究論文:有機化合物のスペクトルデータベースの開発と公開サービス(齋藤ほか)−30−Synthesiology Vol.4 No.1(2011)クが無いこと、あるいはベースラインが大きくうねらないことをスペクトル評価の基準とした。このような基準を、それぞれのスペクトル測定を担当した研究者が独自に設定してきた。3.4 データ登録の方針同じ条件で測定されたスペクトルは、最も信頼性が高いと評価されたもののみ公開した。MSスペクトルは直接導入法を採用したので、化合物に対する測定条件が一つに決まるため、最も良いと判断されたスペクトルを化合物に対して一つだけ登録した。IRは、例えば固体試料のKBr錠剤法とヌジョール法等、同じ化合物でも異なる条件でスペクトルを測定したため、それぞれの条件で最も信頼性の高いものを登録した。13C NMRスペクトルは1H核とのスピン結合がなくなる条件で測定したため、一つの化合物に対してスペクトルを一つ登録した。1H NMRは同じ試料と溶媒の組み合わせでも、得られるスペクトルのパターンは測定する周波数に依存する。活動当初からスペクトル収集に最も利用された測定共鳴周波数は90 MHzであるが、この周波数でのスペクトルが複雑で解析が困難な化合物については、より単純なスペクトルが得られる400 MHzで測定した。実際のデータから抽出した化学シフトとスピン結合定数を利用して、異なる周波数でシミュレートしたスペクトルを示すことも重要であったことから、スペクトルとは独立に化学シフトとスピン結合定数を収集し、シミュレートスペクトルを示せるようにした。NMRはスペクトル自身に加えて、それぞれのスペクトルを解析して帰属情報を付与した。特に1H NMRは測定する共鳴周波数によってスペクトルのパターンが変わることから、普遍的な値である化学シフトと帰属情報を付けることが不可欠であった。これらの情報がなくては、異なる共鳴周波数で測定したスペクトルとの比較が困難であり、化学シフトと帰属情報は1H NMRのスペクトルデータベースとして最も価値の高い情報といえる。測定に供した化合物に関する情報は可能な限り多くを収集し登録した。化合物の構造が複雑であればあるほど、ある一つの化合物に対して異なる複数の名称が使われるのが普通である。データベースの利用者がどの名称で検索しても対応できるように、化合物自身に関する情報は網羅的に登録した。3.5 収集するスペクトルの種類スペクトルの収集は開発当初6種類について行い、現在は4種類について継続している(図5)。開発当初の1980年代に汎用的に利用されていた分析法は他にもあったはずだが、例えば紫外可視分光法等のスペクトルデータはデータベースに採用しなかった。採用した6種類のスペクトルは当時の研究所の測定装置や研究者に依存した選択であったと考えられる。その後RamanとESRのデータ収集を継続しなくなった原因は、担当する研究者や稼働できる装置の問題も一部あるが、潜在的な需要が活動中止の大きな要因であったと推察する。ところが現在は学術的にも産業的にもRamanスペクトルデータの需要が拡大しており、その点でこのデータベースは十分な対応ができていない状況にある。一方、MS、13C NMR、1H NMRとIRは1980年代から現在に至るまで大きな需要がある。この点は、特にこのデータベースがウェブで公開されたあとはユーザーからのアクセス数によって直接的に需要が確認されている(図2)。4 データ公開の方針4.1 ウェブによるデータの公開1997年に産総研のウェブサイトからMS、 13C NMRと1H NMRのスペクトルデータの公開を行い、1年遅れてIRとESRを公開した[10]。現在はRamanを含めて6種類のスペクトルデータを公開している。このデータベースのウェブ公開を開始したときはNCSA MosaicやNetscape Navigatorのようなウェブブラウザが開発され、多くの人がウェブを利用するようになっていたものの、ウェブ回線が現在に比べてまだ整備されておらず、またブラウザの表示能力も不十分だった。ウェブでデータを公開するに当たっては、スペクトルをより効率的に表示することが重要な課題であった。このことからスペクトルや化合物の構造を表示するために最も小さいサイズの画像表示形式であり、インターネット回線に負担の少ないGIFファイル形式を選択した。日本国内でのウェブアクセスは高速化しているが、必ずしも高速化に対応できていない世界のユーザーを考慮し、現在もまだこの形式を継承している。画像表示形式であるGIF形式でデータを公開するもう一つの理由はデータの保護にあった。すなわち、このデータベースの知的財産である座標データを不正に取られてしまうことを防ぐ対策であった。座標データからは、高品質のスペクトルの再構成等が容易に可能であるが、画像表示形式からは、それを超す品質の情報を作ることができない。これまでに短時間に系統的かつ網羅的にデータを取得することを目的としたアクセスが数回あったことが分かっているので、データを公開するために取った保護策は有益であった。今後は、このような不正アクセスへの対策を講じた上で、座標データを利用したウェブ上でのスペクトル拡大機能等を装備することも可能となろう。ウェブサイトからのデータ公開にあたって、公開ページの言語情報は英語表記とした。これは、収集した化合物名称が英語であり、その他の情報は言語に依存しなかったこ

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