Vol.4 No.1 2011
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研究論文:研究戦略の形成とそれに基づいた構成的な研究評価(小林ほか)−13−Synthesiology Vol.4 No.1(2011)は、研究プログラム進行途上の節目での見直しのプロセスを埋め込んでおくことも重要である。さらに研究には予測不能な現象が起こることを前提に、この戦略の合意に基づく契約には相当程度の裕ゆうど度を持たせなければならない。すなわちシナリオには幾つかの選択肢や時間的な柔軟性を含ませた設定にしておく必要がある。例えば同一ディシプリン内の研究である第1種基礎研究にあっても研究戦略は立てられるが、結果の可能性の広がりが非常に大きく、またその作用性が長期間にわたることが想定されるものとなろう。主な想定と異なった結果が得られても、その分野の科学知識体系の増加に結果的にどのように寄与したかによって、研究戦略の価値が問われることになる。一例を挙げると、2002年に小柴昌俊博士がノーベル賞を受賞するきっかけとなったカミオカンデは、元々は陽子崩壊時に放出されるニュートリノの衝突を検出し陽子崩壊を実証することを主要な目的としていた。しかし、1987年2月小柴らは大マゼラン星雲でおきた超新星爆発で生じたニュートリノを偶然にカミオカンデにより世界で初めて検出することになった。これにより超新星爆発の理論モデルの正しさが検証され、ニュートリノ天文学の幕が開けたと言われている。宇宙からのニュートリノの観測の可能性も最初から小柴によって指摘されていたのであるが、一方でカミオカンデの後継であるスーパーカミオカンデにおいても陽子崩壊はまだ観測されていない。この例のように、科学においては必ずしも狙った結果そのものが得られるものではないことは通常起こるが、神岡鉱山の下に、3,000トンの超純水のタンクと1,000本もの光電子増倍管でニュートリノ検出装置を作るという研究戦略は物理学体系に新知識を加える戦略として非常に大きな意義があったと言えよう [10]。研究戦略の形成にあたっては、広い範囲において長期にわたる大局的(地球的・人類的)課題(Global Issues)、国・地域や学術領域において中期的な課題である社会的(ないし領域)課題(Social or Domain Issues)、特定の領域において比較的短期に行われる研究プログラム(Research Programs)等に構造化して考える必要がある。大局的(地球的・人類的)課題の一例として「持続的発展可能な社会の実現」という課題を取り上げる。この考え方では、さまざまな課題を含んだ重層構造として描くことが可能である。簡単のために、図1に示すように「地球環境・エネルギー・天然資源」、「人間・生物・食」、「社会・経済・産業」、「情報・文化・教育」の持続性の四つに課題を大別してみる。この層では、下層から上層に行くにしたがって、持続性の対象が自然的なものから人為的なものに変化していることを示している。また下層の方が緊急度を有するものが多いとも言えるが、国・社会や国際的な施策としては、このすべてに関して総合的な取り組みをしていかなければならない。研究戦略の形成上重要なことは、このような大局的課題に関してそれが現実の世界に投影された個別の社会的課題を明らかにし、その課題を解決するための研究プログラム、個別研究プロジェクトへとブレークダウンして定義し、それらの関連性を可視化することである。図2にその試みの一例を示す。大局的課題として、上述の持続性の課題を4点挙げ、それに関連した社会的課題、研究プログラム例を示してある。この方法はトップダウン的な言わば演繹的な方法である。演繹的と述べたのは、戦略の前提となる事項、例えば上述の持続的社会の形成の中の地球環境の保全(低炭素社会の実現)等に代表される事項は、ほぼ社会的合意がとれている点で採用可能であり、それに基づいて必然的に採用すべき手段を選択していく方法をとっているからである。しかしその際、完全な演繹的推論ができるわけではなく、そこには必ず仮説形成推論(アブダクション(abduction))[11]-[13]が働いていることになる注4)。一方で研究戦略形成には、現場の研究者の経験・知見・将来展望から見たボトムアップ的な戦略形成があり得る。社会・経済・産業の持続性社会・経済・産業の持続性情報・文化・教育の持続性情報・文化・教育の持続性人間・生物・食の持続性人間・生物・食の持続性地球環境・エネルギー・天然資源の持続性地球環境・エネルギー・天然資源の持続性図1 持続的発展性の重層的考え方サービス工学の推進情報の生産・流通・活用新たな教育情報ツール開拓超大容量超高速ネットワーク次世代産業育成のための新環境エネルギー技術開拓ナノテク利用健康・医療工学研究プログラム未来開拓科学の推進循環型生活基盤の形成低環境負荷材形成のための科学技術人材育成・教育情報・文化・教育の持続性社会・経済・産業の持続性人間・生物・食の持続性地球環境・エネルギー・天然資源の持続性知的活力経済・財政の健全化産業国際競争力環境・エネルギー健康・医療・高齢化社会的課題大局的課題図2 戦略形成の考え方の一例

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