Vol.3 No.4 2010
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研究論文:日本全土の元素分布の調査とその活用(今井)−286−Synthesiology Vol.3 No.4(2010)る)、場合によっては不可能な場合もあった。結局、試料総数3,024個のうち約半数は自前で採取し、それ以外は外注して採取することとした。この場合は実験室で乾燥とふるい分けの作業が別途必要であるが、多数の試料を並行して一挙に行うことで比較的効率よく行うことができた。5.1.3 海底堆積物の採取[3]海の地球化学図の作成についても試料採取が最大の問題であった。海底堆積物の採取は船を使用するため陸上の試料採取と違って個人で行うことは困難である。特に、水深数百mを超えるような試料採取は、大型の専用船でないと事実上不可能であり多大な費用もかかる。この研究では、過去に地質調査所が日本周辺海域の調査で2,000トン級以上の専用海洋調査船を用いて約3,000 mの水深まで採取した海底堆積物試料をそのまま使用することができたのは経費の節減にとって大きかった。これとは別にこの研究で、試料のなかった海域で新たに採取した場所の水深はせいぜい100 m~200 m以下であり、個別の研究予算ではこの程度が限度である。しかし、水深200 m以下の海域は意外と広く、特に大陸棚の発達した西日本では広い海域を問題なくカバーすることができた。試料採取と試料処理は基本的には陸域と同じ方法によった。海底堆積物試料は、調査船から降ろしたグラブ採泥器(スミスマッキンタイヤー型採泥器)を用いて採取した。試料総数は4,905個である。試料を採取して引き上げた様子を図2に示した。5.2 化学分析この研究では大量の試料を分析する必要があるため、試料処理と分析の方法はできるだけ標準化すると共に自動化するように努力した。分析法は北関東の地球化学図ではICP発光分析法と放射化分析法を用いて26元素を、全国の地球化学図ではICP質量分析法と原子吸光法を用いて53元素を測定した。いずれもオートサンプラーや自動測定システムを最大限に活用した。試料処理を簡単化するために、河川堆積物は80メッシュ以下の成分を粉砕することなくそのまま分析した。ほとんどの場合は粉砕したときと分析値は同じであった。また、河川堆積物については磁石を用いて砂鉄等の磁性鉱物を除いて分析した。河川の中では水の分別作用により重鉱物等が濃集する場合があり、特に砂鉄の多い地域では砂鉄マップのようになって不自然な地球化学図になってしまうことを避けるためである。分解法は硝酸・過塩素酸・フッ化水素酸の混合酸による分解と、0.1 Nの塩酸抽出による分析を併用した。5.3 作図法地理的に離散的な地点から採取した試料から、連続的な地球化学図を作成するにはデータのない部分を補完する必要がある。河川堆積物についてはデータをそのまま補完するのではなく、各試料採取点ごとに流域解析を行って上流となる流域を定めて、その地域を同一濃度とする方法をとった。計算を簡単にするため、このように流域で表した濃度データにメッシュをかけて、各メッシュに流域の元素濃度を割り当て、そのメッシュデータに対して補完を行って作図した。海底堆積物に関しては、海水や海流による試料の移動も考えられるが、取り扱いが複雑になるのでここでは考慮せず、そのまま濃度データを補完して地球化学図を作成した。6 全国の地球化学図とその解釈(自然と人間活動における元素挙動の理解)この研究では海と陸の地球化学図を53元素について作成したが、元素毎に自然界や人間活動による挙動が異なり、それぞれの状況に応じた解釈が必要となる。ここでは特徴的なクロム、水銀を例に挙げて述べることとする。ほかの元素およびそれぞれの地域での元素分布の特徴の詳細については個別の論文を参照されたい[16]-[20]。6.1 クロムの地球化学図図5-1にクロムの地球化学図を示した。この図でまず目につくのは四国と北海道に2本の赤い線(高濃度地域)が見られることである。すなわち四国・近畿を東西に横断して東海・関東に至る中央構造線や、北海道の中央部を南北に縦断する構造線に沿って200 ppm以上の顕著な高濃度地域が見られる。これは、この地域に分布するクロムやニッケルを多量に含有する緑色岩類や、その周辺の超塩基性岩に起因すると考えられる。海域でも赤色の濃度の高い部分が北陸沖や北海道南部沿岸海域に見られる。もっとも顕著なのは北陸地方のフォッサマグナの北端である糸魚川市姫川周辺で、陸域のクロムの高濃度域が海域の延長方向に延びている。これは陸の姫川流域のクロムの高濃度域と海の高濃度域が連続するもので、姫川からクロムを高濃度に含有する蛇紋岩の砕屑物が海域の富山深海長谷に沿って流れ出ていることを示している。図にはこの地域の海底地形も示したが、姫川沖に海底の谷があり、砕屑物が姫川からこの谷に沿って海に流れ出ている様子が分かる。6.2 水銀の地球化学図図5-2に水銀の地球化学図を示した。陸上では北海道のイトムカや紀伊半島の大和鉱山等の大規模な水銀鉱床の存在する地域で顕著な高濃度を示すほか、大都市周辺でも濃度が高い場合が多い。海については、東京湾、伊勢湾、大阪湾等で濃度が高く、人口密集地からの人為的影響が考えられる。図には九州、北陸、近畿地方の水銀
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