Vol.3 No.3 2010
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−244−Synthesiology Vol.3 No.3(2010)インタビュー:イノベーションを推進する根本的エンジニアリングうのですが、何がキーポイントとなるのでしょうか。潜在的な課題発見のポイント鈴木 具体的な案はなかなか見つからないのですが、マーケティングで考えてみましょう。ある営業マンがお客さんのところに行くと、お客さんが「ジュースを飲みたい」と言う。日本の会社ですと、高級なジューサーミキサーを買ってきて、フレッシュなフルーツを買って、ジュースをつくって持っていく。そうすると、お客さんは100 %満足して、例えば10ドルで買ってくれる。しかし、原価は、ジューサーミキサーを買ったり、新鮮な果物を買っているので9ドルかかる。売上が10ドルで利益が1ドル。日本の会社だと、これでとても評価される。顧客満足度も100 %です。しかし、例えばGEが本当の課題に迫ろうとしたら、お客さんに「ジュースが欲しい」と言われると、「なぜジュースが欲しいのですか」と聞くわけです。お客さんが「喉が渇いているから」と答えると、水を持って売りにいく。そうすると、お客さんは喉の渇きは解決できます。あるお客さんは「コーラが欲しい」と言っているけれども、喉が渇いているのかもしれない。こうやって喉が渇いているお客さん10人に売れたとします。一杯を1ドルで売ったとして、売上は同じく10ドルです。しかし、水は原価が安いですから、例えば10杯の原価が5ドルだとすると利益は5ドルです。このように、ビジネスのやり方が違いますが、日本では、「本当に何が必要なのか」というところを問うプロセスがどうも欠けているような気がするのです。私は、エンジニア自身もそういう意識を持って課題に対して取り組んでいく必要があるのではないかと思っているのです。日本人は、Howばかりに目が行く。本屋でもハウツーものはよく売れています。けれど、その後ろにWhatがあって、本当に何が必要なのか、それがWhy、なぜ必要なのかというところまで探らないと、隠れている課題、潜在的な課題は出てこない。その辺は産総研がやっているシンセシオロジーにかなり近いのではないかと思います。赤松 ジュースの例でいくと、Whatは、いわばジュースが欲しいと言っているレベルであって、どういうジュースをつくるかがHow。けれども、Whyは、なぜジュースが欲しいのか、喉が渇いているからか、というところまでいくということですね。従来のエンジニアリングのあり方はWhatを与えてHowをつくるということですが、そうではなくて、そのWhatがなぜきているかというところまで立ち戻って、Whyを考えましょうと。鈴木 私達のタスクフォースでも引き続き議論をしているのですが、それには二つ大きなポイントがあるだろうと考えています。一つは、やはり教育です。教育の中でこういったことが実現できるような人をどうやって育てたらいいのかということと、もう一つは根本的エンジニアリング自身を研究してみる。事例研究も含めて、学問的に捉えられないかということで、今、その二つの線で追求していこうと思っています。教育では、アメリカではディベートが必ず授業の中であります。土俵を変えたり、見方を変えてみたり、視点を変えながら議論が進んでいく。日本では、授業であまりディベートは好まれないですね。 芸術④③②①米国のCT環境問題感染症問題テロ問題資源・エネルギー問題分野・技術の融合潜在的課題の発見必要分野・技術の特定と育成地球社会価値の創出と実装根本的エンジニアリングの場科学・技術人文科学社会科学電子環境 ITロボット介護エネルギー環境医学バイオナノ数学化学物理グローバル化進展地球の持続可能性日本の人口減少・高齢化世界の人口増加世界の経済勢力地図変化地球社会根本的エンジニアリング(日本型CT: ①~④)
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