Vol.3 No.3 2010
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研究論文:安全・安心のためのアニマルウォッチセンサーの開発(伊藤ほか)−238−Synthesiology Vol.3 No.3(2010)るとともに、茨城県畜産センター実験鶏舎内に無線ネットワークシステムを構築して、夏季の暑熱ストレスをモニタリングできる養鶏場の健康管理システムについて検討している[14]。6 研究の進捗と見通し 本研究は、2011年度末に実用レベルの鶏健康モニタリングシステムを完成させることを目標としているが、表3に上げた各要素技術の開発進捗度には多少の違いはあるものの、当初目標と比較した全体の到達度は現時点で60~70 %である。要素デバイスの中でも、キーデバイスの一つとして開発を進めているデジタル圧電加速度センサーについては、試作デバイスを使ったプロトタイプ端末のデモンストレーションができるようになっており、デジタルバイメタル温度センサーについても、実装を含めたウェハレベルでの製造を考慮した新構造の開発が進んでおり[15]、2010年度にはこれらの量産化プロセスの検討を行う予定である。また、カスタムRF-ICについても2010年11月の完成を目指して設計試作が進められており、最終目標に近い形の端末は早ければ2010年度中に完成する見通しである。技術的課題としては・受信システム用ソフトウエア開発・デジタルMEMSセンサー用低コストウェハレベル実装技 術開発が挙げられる。特に、後者の実装技術については、デジタルMEMSセンサーデバイスの製造コストを大きく左右するものであり、デバイス本体の製造プロセスを含めた最適化を行う必要がある。本研究の最終目標は、“実用レベル”のシステムを構築してデモンストレーションを行うことではなく、実用そのもの=民間養鶏現場への導入であるが、そのためには技術開発だけでは解決しないさまざまな課題がある。低コスト着脱方法の開発といったものに加え、農場でそれをどう生産性向上に結び付けるかといった問題や、行政での監視体制システムをどう構築できるかなどの検討を進める必要がある。本研究では、アプリケーションを一見特殊な鶏健康モニタリングシステムに絞って開発を進めることで、安価なものでも数千円は下らないアクティブ型(RFタグと違いリーダーを必要としないタイプ)の無線センサー端末を、ワンコインにまで低コスト化するとともに、絆創膏並みのサイズまで小型軽量化することを試みている。確かにこの端末は、バイタルサイン(生命情報)そのものを計ることはできないため、ヒトへの応用は限定的かもしれないが、体温や活動量(元気さ)のモニタリングは健康管理の基本であり、施設での見守りが必要な乳幼児や高齢者の健康モニタリング応用への適用性の検討を行っていきたいと考えている。7 おわりに 本研究を実際に進めていく中で分かったことは、MEMSや実装技術分野の研究が、全体の課題解決に必要な技術群から見ればほんの一部にすぎないということであった。MEMSの研究とは基本的に製造プロセス技術の研究であり、例えば“非常に細くて深いまっすぐの穴をあける”研究であったが、今世紀に入ってこのような技術が成熟しつつある中、私達が直面しているのは、むしろ何を(何のためのどんな仕様のものを)つくるべきかという問題である。その答えの一つが超小型の無線センサー端末の中で使うデバイスだと考え、その流れの中で本研究を始めたが、鶏の健康モニタリング応用の場合に、本当にMEMSが必要かというのはこれまでも度々俎上に載せてきた。幸いなことに、今のところMEMS技術は必要不可欠な技術として位置付けできているが、境界条件が変われば、(例えば豚や牛応用になれば)本当にMEMSが必要なのかどうかはそのつど議論しなければいけない。当初、本研究はあくまで農場における鳥インフルエンザの早期摘発が主たる課題であったが、畜産研究者らといろいろ議論する中で、動物福祉という観点からもアニマルウォッチセンサーについて考えるようになった。畜産の大規模化に伴って、都市部では特に生産現場が生活圏から離れているためか、動物性食品を食すことに対する実感が薄れている。もちろん畜産動物は経済動物であるので、愛玩動物や野生動物と同様に考えることはできないが、高カロリーの食事を摂らされ生産病罹患のリスクの高いメタボ状態の動物から、卵・牛乳・肉などを得ているということを理解した上で、今後もそれらを食していけるのかはもう一度考えてみる時にきているのかもしれない。欧米では家畜福祉という考え方が浸透しつつあり、2010年からは家畜福祉認証畜産物(Welfare Quality Products)が販売される予定であるが、その評価会議の中で技術的な問題点として挙げられているのがAnimal Based Measurement:動物側からの評価、すなわち「動物がどう感じているか」の評価手法であり、アニマルウォッチセンサーは動物とのインターフェイス技術として、畜産動物の福祉の確保という点からも重要性を増していくものと考えている。本稿で紹介した無線センサーネットワークに関するコンセプトや技術の多くは、アプリケーションを鶏の健康モニタリング応用に特化して検討したことで生まれたものであるが、個々の技術は、農業応用や防災応用を含めた環境モニタリングなどの他のアプリケーションへ応用可能なものも少なくない。時にアプリケーションを絞り込んで研究を進めることは、分野の開拓や発明創出にとっても有効な方法となりうることを改めて実感できたことも大きな成果だと考えている。

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