Vol.3 No.3 2010
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研究論文:映像の安心な利用を可能にする映像酔い評価システムの開発(氏家)−181−Synthesiology Vol.3 No.3(2010)策が必要である。最近になって映像酔いと思われる事例がニュースメディアなどで報道されている。例えば2003年7月には、島根県内の中学校で授業中に講堂の大スクリーンにてビデオを視聴していた1年生294名のうち、36名が病院で手当を受けるという事例が発生した[3]。ビデオ映像は全編手持ちカメラで撮影されたもので、映像シーンに頻繁に含まれるさまざまな動きが映像酔いを発症した主要因であると考えられている。これとほぼ同様の事例は2006年11月にも三重県内の学校において発生している。映像酔いは考えられている以上に影響が大きい場合がある。一般には、比較的軽度の症状の場合、映像視聴を中止することにより比較的短時間に症状が治まることが多いが、条件や人によっては耐え難い症状が1日程度継続することがある。こうした症状は業務によっては重大な危険につながる可能性があり、航空機シミュレータでの酔いの経験者はシミュレータ訓練後24時間以内の実機搭乗が禁止されている例もある[4]。映像技術の発展により、娯楽分野だけでなく、教育や医療、福祉分野などさまざまな分野で映像の有効な利用の可能性が広がりつつある。これらの恩恵をできるだけ多くの人々が享受できるためには、映像酔いなど映像による好ましくない生体影響をできるだけ発生させないための環境作りが必要不可欠かつ急務となっている。産総研ではこれを実現するための概念として「映像の生体安全性(Image Safety)」なる語を創造し、映像ガイドラインの作成とその国際標準化活動とを推進している[5]。この映像の生体安全性は単に映像の利用者にとって必要であるだけではない。日本の有力な映像産業がさらに健全に発展するためには、映像技術の開発と併せて車の両輪となるべきものであり、映像産業界関係者の視点でも必要不可欠なものである。したがって、映像の生体安全性は、映像制作や映像配信、映像表示機器開発など映像産業界の関係者との協力関係の下に進めていくべき課題であり、この問題に対するそれぞれの相互理解が必要不可欠である。筆者は、これを実現するためのツールである映像酔い評価システムについて、大学など外部研究機関や業界関係者の間での密接な協力・連携の下に共同研究を推進することで、その研究開発を進めてきた。本稿ではこの映像酔い評価システムの必要性とその開発に至るまでの研究シナリオを論じる。2 研究開発の背景2.1 研究開発に至る動機映像酔いが生じる可能性を軽減するためには、映像酔いの影響要因とその影響の程度に関する客観的な知見に基づいてガイドラインを作成することが必要である。しかしガイドラインがあれば十分というわけではない。ガイドラインは、国際標準化機構(ISO)などで国際規格化が図られたとしても、基本的に強制力はない。ガイドラインが有効に生かされるためには、これを利用する映像プロバイダとよばれる映像制作や配信に携わる関係者との協力の下に、ガイドラインの作成や見直しを行うことが必要不可欠である。そのために留意すべき点がいくつかある。第一に、映像酔いは必ずしも無視できない影響があることを、映像プロバイダに理解してもらうことである。一般的には、映像酔いはたいした問題ではないとの認識をもたれる場合があり、その対処が軽視される可能性がある。しかし、先述の島根県の中学校の例でも1割を超える生徒が病院で手当を受けたり[3]、状況によっては直後の業務において重大な危険につながる可能性がある。第二に、表現の自由や芸術的創造性の自由への十分な配慮が必要である。ガイドラインやその国際規格化は、しばしば映像制作への規制を生じるものと捉えられ、表現の自由や芸術的創造性の自由が不当に脅かされるのではないかという懸念が、映像プロバイダにはある。こうした事で映像の生体安全性に対する理解が妨げられないよう十分な配慮が必要である。その上で、以下の方法が有効であると考えられる。(1)映像酔い軽減に向けた映像ガイドライン作成に先立ち、こうした映像酔いを含む映像の生体安全性の問題の重要性を、さまざまな形で訴えていくこと。(2)個別の映像の視聴によって映像酔いがどの程度生じるのかを、具体的に映像プロバイダ自ら確認できる手法を開発し、その利用を通じて映像酔いに対する認識を深めてもらうこと。(1)については、本稿の主題の範囲から外れるが、(2)については、本稿で述べる映像酔い評価システムの開発を目指すに至った原点である。2.2 研究開発の必要性映像酔い評価システムは映像が人々にどの程度映像酔いを発症させるかを評価するシステムであり、評価したい映像を入力することで、それを視聴する人の映像酔いの程度を映像の時間推移に応じて表示するものである。映像プロバイダの人々に映像酔いの重要性を認識し、今後作成される映像ガイドラインを活用して、映像酔いの発生を軽減させるために、特に以下の観点からこのシステムは必要不可欠なものである(図1)。第一に、映像プロバイダに映像酔いが生じる条件とその程度とを具体的に把握してもらうためのツールとなる。さまざまな映像をシステムで繰り返し検討してもらうことで、一般にはわかりにくい映像酔いの程度やその時間推移が「見
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