Vol.3 No.2 2010
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−159−Synthesiology Vol.3 No.2(2010)報告:知の統合を目指す学問体系いうよりも、「考え方」に焦点を当てて紹介したいと思います。私の研究が産総研の典型的な研究スタイルと言えるかどうかはさておき、研究する中で考えていたことが『Synthesiology』に書かせてもらうことによって、「あ、僕はこういうことを考えていたのだ」ということを後から非常に整理できた気がしています。私の研究は化学物質のリスク評価ですが、工業的に生産されている約10万種あるという化学物質の日本におけるリスク対策の優先度をつけるためにどうすればいいかを考え、そのためには異なる化学物質のリスクの大きさを比較しなければいけない、ということになりました。リスクは曝露量と毒性の大きさを掛け合わせることで表すことができますが、日本人全体の曝露量の分布がどうなっているかと、曝露量を増やすと発症確率がどのくらい増えるかという2つのデータを合わせてそれぞれの化学物質のリスクの大きさを見ていくこと、これが「必要な情報」になります。ところが、「必要な情報」に対して「入手可能な情報」が全然足りないことがわかりました。曝露量に関しては、非常に曝露濃度の高い人の例はあります。例えば新築の家でのホルムアルデヒド濃度が非常に高い計測例や短期の1日平均値はたくさんあるのですが、しかし、我々が出したい長期の1年平均値や、季節間の変動を示すデータはほとんどなかった。毒性についても、「これ以下なら有害影響がない濃度」という無毒性量情報はあるものの、「このくらいの曝露量だったらこのくらい発症する」という用量反応関数のデータはなく、既存の要素技術はそのままでは使えないということで、独自に要素技術の開発、修正に着手しました。では、「役に立たない」と私が判断した「既存の要素技術」は何かというと、これは論文を書いた後に考えてみたことも含まれていますが、化学物質のリスク評価が社会で必要になった当初のニーズを反映していたわけです。それは化学物質のスクリーニングという、膨大な数の化学物質の中からリスクの懸念がない物質を除去するということをやろうとしたときに出てきた要素技術だった。そのための方法論が探索され、高濃度の個人曝露とこれ以下なら安全であるという濃度を出して、「高濃度で大丈夫だったらこの物質は大丈夫ですね」という作業のための最適化した要素技術が開発されていったのです。このようにして開発された要素技術は、繰り返し実践されることで確立され、ガイドラインやマニュアルができて、定着し、当初の化学物質のリスク評価の方法論が成立したわけです。ところが、私たちがやろうとした「異なる種類の化学物質のリスク評価をする」というのは、ある意味、新しい社会ニーズなのです。これを既存の要素技術を使ってやろうとしても全然合わない。既存の要素技術とは別の社会ニーズ、つまりスクリーニング評価に最適化された要素技術群だったので、新しいニーズでリスク評価をしようとしても、そのまま使えないというギャップがわかったということです。そこで、原点に帰り、社会ニーズである「異なる種類のリスク比較」を可能にするためにどのような要素技術が必要なのかという方法論の探索を始めました。これは構成学の中で「再構成」といいます。曝露濃度の高い人だけを推計するのではなく、個人曝露量の推計の年間平均値の分布と環境中濃度の推計の日本全国の分布を探る、そして、これ以下なら安全であるという1点の値だけではなく、全体像を見ようとすると、最適化すべき要素技術がいろいろあることがわかります。それらを開発する、これが「要素技術の戦略的開発」です。次に、いったん開発したこれらの要素技術を統合して構成する。そうすると、新しい方法論が確立し、それを実践するという、「多様な要素技術の統合・構成」のフェーズになります。このように、新しい方法論を開発し、異なる種類のリスクを比較するためのリスク評価を試みたというのが『Synthesiology』に書いた論文のエッセンスです。その時に、私が考えたのは「専門分野の陥るワナ」ということです。大げさなタイトルですが、今存在する専門分野や研究テーマは、必ず過去の社会ニーズから導出されたものだろう、そうして形成された「専門分野」は、いつの間にか、その生い立ちから切り離され、独自の進化を遂げていく。例えば学会、専門家、ガイドライン、ジャーナル、科目、教科書ができて、自立してしまう。ところが、社会ニーズ、社会的価値は、常に変化し続けています。変化が激しい現代社会の中で、それらの専門分野はその存続自体が自己目的化して、いつの間にか社会ニーズから大きくかけ離れてしまうのではないかということを痛感しました。もちろん、私が話した既存の要素技術が役に立たないということではなく、それは化学物質のスクリーニングという目的には役に立つのだけれども、その他の目的に直接には役立たないということです。化学物質リスク評価が解決したい課題の変化 異なるリスクの比較スクリーニング評価化学物質リスク評価が解決したい課題の変化統合・構成戦略的選択復路往路統合・構成戦略的選択研究目標(部品)研究目標(部品)要素技術d要素技術c要素技術b要素技術a要素技術d要素技術c要素技術b要素技術a研究目標(部品)研究目標(部品)研究目標(製品)問題の設定(スコープ)解決したい課題

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