Vol.3 No.2 2010
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研究論文:学問分野を超えた「システムデザイン・マネジメント学」の大学院教育の構築(神武ほか)−113−Synthesiology Vol.3 No.2(2010)個々の要素の関連性、といったカテゴリやスケールの異なる多様な価値の間の複雑な相互作用をシステムの関係性として的確に捉え、システム全体をデザインする横断的学問の体系化と、これに基づくシステム統合的視点からの教育が不可欠である。ところが、産業界における様々な製品の開発やその運用の際に生じる複数のディシプリンにまたがる問題を解決するための方法は、国内では十分に教育されてきたとは言い難い。欧米では、システムズエンジニアリングが複数のディシプリンにまたがる問題解決の役割の一翼を担ってきた。なお、日本ではシステムズエンジニアリングはITシステムのための工学と狭義に捉えられがちであるが、本来は、機械システムやITシステムから社会システムまで、あらゆるシステムの解析と統合に関する工学である。システムズエンジニアリングの国際学会であるInternational Council on Systems Engineering(以下、INCOSE)によれば、システムズエンジニアリングとは「システムを成功裏に実現するための、複数のディシプリンにまたがるアプローチおよび手段」であると定義されている[4]。そして、特に米国ではINCOSEにて定義されたシステムズエンジニアリングに沿った教育がマサチューセッツ工科大学、スタンフォード大学、海軍大学、空軍工科大学を初めとする 75校の大学・大学院で体系的、実践的に行われている[5]。大学や大学院で行う教育では、産業界からのニーズを常に把握しておく必要がある。日本経団連教育問題委員会「企業の求める人材像についてのアンケート結果」[6] では、理系の大学・大学院に対して人材育成の点で期待する点として主に表1に示した項目が挙げられている。技術系人材を採用する立場から、大学・大学院(理系学部・学科・専攻)に対して人材育成の点で何を期待するかを520社に質問したアンケートの結果であり、回答数が多かった項目五つを示している。このアンケートでは各社それぞれ三つまで回答を選択できることとしている。この結果からも、高度な専門知識を生かし、著しく変化する現在の社会情勢に対応して次世代のシステムを創り出し、マネジメントできる人材を輩出する大学・大学院が必要とされていることがわかる。このような社会的背景に鑑み、慶應義塾大学では2008年4月に大学院としてシステムデザイン・マネジメント研究科(以下、SDM研究科)を開設した。この大学院では、これまでの大学院にはない実践重視のユニークな教育カリキュラムを構築し、主に何らかの専門性を身に付けた実務経験者に対し、環境共生、安心・安全等の社会の要請を考慮した大規模・複雑システムのデザインを行える人材の育成を行っている。言い換えれば、従来の日本の大学院では育成することが困難であった、第2種基礎研究[1]や応用研究をリードできる人材の育成を行っている。なお、ここで言う大規模・複雑システムには、発電システムや宇宙航空システムのような技術システムのみならず、金融システム、医療システム、地域社会、企業組織、NPO組織のような社会システムも含む。我々の目標は、大規模・複雑システムを創造的にデザインし、確実にマネジメントするための学問体系であるシステムデザイン・マネジメント学(以下、SDM学)を構築し、その大学院教育を行い、大規模・複雑システムの構築と運用をリードする人材を育成することである。本論文では、我々の目標を実現するために設定した大学院設立のシナリオ、大学院教育を実施するために選択したそれぞれの要素とそれらの統合による現在までの成果について紹介する。その上で、学生による評価および外部評価とそれらに関する考察、今後の課題について述べる。2 シナリオ慶應義塾大学では、長い構想期間を経て、SDM学教育のための大学院開設に至った。1996年には世界に先駆け理工学部内にシステムデザイン工学科を設立し、機械工学、電気工学、情報工学、建築学等の工学系ディシプリンの枠を超えたシステムデザイン工学の教育・研究を行い、基礎学問能力と統合的視点を併せ持ったエンジニアの育成を行ってきた。2008年には、理学、工学、経済学、政治学等の技術系・社会科学系ディシプリンの枠を超えた文理融合型の学問であるSDM学の教育・研究を行うために、理工学部・理工学研究科とは別の組織としてSDM研究科を開設した。SDM研究科開設にあたっては、大規模・複雑システムに携わる国内や海外の方々を対象に、大規模・複雑システムの開発や運用における現状の課題や大学院教育に対する産業界のニーズについてインタビューを行った。その結果、大学院教育へのニーズは、表1に記述した内容とほぼ同一であることを確認した。また、欧米を中心に発展してきているシステムズエンジニアリングや、日本の産業界において発展してきた自動車やロボット、プラント等の大規模・複雑119社チームを組んで特定の課題に取り組む経験をさせること 162社理論に加えて、実社会とのつながりを意識した教育を行うこと231社専門分野に関連する他領域の基礎知識も身につけさせること 287社知識や情報を集めて自分の考えを導き出す訓練をすること 340社専門の知識を学生にしっかり身につけさせること企業回答表1 産業界から大学・大学院への期待
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