Vol.3 No.1 2010
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−78−Synthesiology Vol.3 No.1(2010)座談会:シンセシオロジー創刊2周年を迎えてと詰まって「大変興味ある」とおっしゃっていただいた、そんなことがありました。科学と社会が対話するための言語吉川 私は若いころから「構成」が学問にならないかということをやってきた人間ですから、大きな夢がここで実現できたと思っています。これは産総研で本格研究が実態的に行われたということが背景になっており、産総研で大勢の研究者が「シンセシス」をいかに体系学問にするかという努力をした一つの結晶がこの『シンセシオロジー』だということは間違いないわけで、これは将来に大変期待したい。しかも編集者、査読者が極めて熱心で、本当に産総研て素晴らしいなと思う部分も重ねて、それが第一印象です。やや具体的な話になると、研究者から同一専門研究者以外に対する言語が開発されつつあるということです。「科学技術と人類の未来に関する国際フォーラム(STSフォーラム)」は科学者、政治家、ビジネスマンが集まるのですが、一番の問題は言語がないことです。専門家が専門的な話をすると、政治家は「全くわからん」と怒ってうまくいかない。私が主張していたのは、「専門家が研究に必要な言葉で話す、それは自分たちのジャーゴンである。外部に対して話をするということは、研究の結果が何を生むのかということを語ることでしか、自分がしていることを語れないのではないか。それは極めて難しく、ある場合は予測になるし、ある場合は曖昧になるかもしれないが、その曖昧さをいかにして少なくし、その予測を正確化していく努力をしないといけない」ということです。『シンセシオロジー』を読んで他の分野のことがよくわかるというのは、“言語性”という意味で非常に価値の高い方法論を生み出しているということで、いわば科学と社会がコミュニケーションをするための言語ができつつあるということですね。これは、私は100点というか、非常に高い評価を与えたい。今度は0点とは言いませんが(笑)、論文はみんな面白いし、“熱”を感じる。言語性はその熱を通じて伝わってくるわけですから、何をやりたいかはよくわかる。“熱”は必定着していくことはすごく嬉しいなと思いながら、編集委員の仕事をさせていただいています。小野 最近の出来事で二つほどお話したいのですが、昨年9月に台湾の台北で「構成学的研究とイノベーション」という講演をし、その後新竹の工業技術研究院(ITRI)に寄りましたら、急遽、同じ題名で講演してほしいという話になり、ITRIの院長初め100人くらいの研究者が聴いてくれました。「本格研究とそれを表現するためのシンセシオロジー」という話をしたのですが、関心が高く、多くの質問が出ました。「アメリカではどうか?」という質問には、「アメリカはプラグマティズムの国で、実態的に本格研究みたいなことはやっているのではないかと私は思っている。昔から大学の先生がベンチャーを興すなど、アカデミアと産業界との間の心理的な壁はアメリカにおいては薄いと思う。しかし、産学連携やベンチャーの活動を研究だと思っていない。つまり、研究とビジネスを境目なくやっているが、それはあくまでも研究とビジネスであり、ビジネスに向かう過程を研究として捉える、つまりシンセシオロジーを彼らは出していないし、知を集積しようということは考えていない。言い過ぎかもしれないが、ビジネスとして成功すれば、それがどう研究と関連するかを別に突き詰めて考える必要はないと思っているのではないか」と答えました。またもう一つの質問で、「シンセシオロジーを始めた動機は何か」と聞かれました。「我々は工業技術院時代から実態として本格研究や第2種基礎研究をやってきたと思う。それらの研究を改めてはっきりと定義し直し、第2種基礎研究や製品化研究をしている人たちの成果を正当に評価し、そこに光を当てようという気持ちで始めた」と答えたのですが、そこは私の気持ちだったかなと思っております。ITRIの人たちも産総研と同じ目的をもっていますので、思いとしては共通なものがあり、大変良く理解していただけた講演会でした。二つ目ですが、アメリカ化学会の『Langmuir』という有名な学術雑誌の編集長が来日し、お話をする機会がありました。私の方からは『シンセシオロジー』の話を出しまして、「我々、最近こういうのをやっているのです」と説明しましたら、彼が一番驚いたのは査読の公開の部分でした。実は、その前に「雑誌を良くするためにどういう努力をしているのですか」と私が聞きましたら、彼は「査読の部分に非常に気をつかっている。査読者は匿名だが、同時に査読者に対して著者も匿名にしようとしている。また、著者が査読者を指名したり、拒否したりできるようにして、査読システムをより緻密にやろうとしている」と言っていたのです。私が「シンセシオロジーでは査読者は名前を出して、公開しています」と言ったところ、驚かれたのでしょう、しばらくグッ吉川 弘之 氏
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