Vol.3 No.1 2010
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研究論文:製造現場における熟練技能の抽出に関する研究(松木)−50−Synthesiology Vol.3 No.1(2010)技能の抽出の方法論の違いについての考察が、研究の初期段階では不十分であった。経営学的な視点における暗黙知や技能に関する研究が、熟練技能者の役割やその知の創造過程に留意しているのと対照的に、我々の工学的な研究の立場は技能そのものに着目した。しかし、経営学的な研究も我々の方法も、熟練技能者の思考過程は考慮していない、という意味で同じであった。残された暗黙知の脳の問題は、認知科学や脳科学の課題と考えられる。4 研究の成果本章では、最終的に整理された技能抽出の方法について述べる。正確にいえば、抽出するための枠組みを示す。この枠組は、抽出したい技能があったときに、その抽出を容易にするような技能抽出のメタ構造を提案できていない。しかし、技能の抽出を行う上で、そして、将来の製造業における熟練技能者の意味を考える上で、新たな視点を与えることはできたのではないかと考える。4.1 全体の構成本研究の成果は図2に示すように整理できる。代替物としての計算機システムは、判断値を出力するための導出モデルをもつ。導出モデルは、作業環境から測定あるいは導出可能ないくつかの値を入力として判断値を算出する導出アルゴリズムから構成される。この導出モデルを検討して明らかになった熟練技能者の優れた点は、「問題の簡略化の能力」であると考える。たとえば、鍛造では、対象とする製品を製造するために必要となる圧力を算出することが熟練技能者の重要な役割である。このとき、加工圧力を求めるという視点で、複雑な製品形状を熟練技能者は簡略化し類型化しているようである。これにより、考慮すべきパラメーターは大幅に削減し、自社の加工機で鍛造可能かどうかを判断するために十分な精度で答えを出している、と推測される。我々が構築した代替物としての導出モデルは熟練技能者とは異なったものであるが、複雑な現象を簡略化しているという点において類似性がある。本研究を進める中で、このように物事を単純にして必要な精度の答えを迅速に出すことができる、というのが熟練技能者の大きな特徴であり、また、その単純化のプロセスを発見する能力こそが、熟練技能者の真の価値ではないだろうか、と考えている。代替物の導出モデルも、この簡略化が重要である。現場の環境は複雑で、関連する要因の影響を全て考慮すると非常に複雑かつ不安定なシステムになることが多い。これら要因の中から、現時点で本当に優位な因子を選択して判断を行うことができるように、導出モデルを構築する必要がある。また、簡単な入力で有効な結果が得られる、ということは現場での操作が容易であることを意味する。「現場で使える技術を開発せよ」という制約は、実は、この簡略化を発見する上で重要な役割を果たしているように思われる。研究において現場で使えるという制約は、実は研究活動を健全にする上で有効であった。これらの視点を踏まえて作成した技能継承ツールを見ると、いくつかの類型に整理できることが分かってきた。以下、その類型を説明する。4.2 理論式による導出冷間鍛造の処理では、金属を高圧でプレスして求める部品形状を作製する。この金属の変形の過程で、図3に示すような変形抵抗と拘束係数が重要な役割を果たしていることが知られている。また、部品形状はそれぞれ異なった形状をしてはいるが、鍛造圧力という視点で見るといくつかの類型に部品形状をあてはめることで、十分有効な近似値を得ることができる、ということが様々な経験から推測 導出モデル導出値環境(パラメーター)導出アルゴリズム入力パラメーター抽出炭素鋼の変形抵抗摩擦なし潤滑なし拘束係数の上限拘束係数の下限軸対称形状の拘束係数加工圧力=拘束係数×変形抵抗①②③④⑤①:S10C(0.09 %C, 105 HV)②:S20C(0.21 %C, 120 HV)③:S30C(0.32 %C, 143 HV)④:S40C(0.40 %C, 170 HV)⑤:S50C(0.53 %C, 185 HV)250020001500100050000204060801001234501234567拘束係数 p/Y変形抵抗 Y, MPa対数ひずみ ln(h0/h)断面減少率 r, %容器の後方押出し加工軸の前方押出し加工図2 判断技能の対応物の構造図3 鍛造における加工圧力算出モデル
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