Vol.3 No.1 2010
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研究論文:製造現場における熟練技能の抽出に関する研究(松木)−49−Synthesiology Vol.3 No.1(2010)2.3 対象とする技能の種類熟練技能というと、マスコミは町工場で熟練工が匠の技で見事な部品を作り上げる姿を伝え、これが日本の製造業を支えている、というメッセージを送っている。この件については後に議論するが、本研究で対象にする技能は、このような動作に関する技能というよりは、主に様々な判断に関する技能である。加工作業と対象とする製造現場の技能を整理すると次のようになる(表1)。本研究で対象とするのは、段取りなど作業開始前に実施する作業に関する技能が中心である。特に、注目するのは判断に関する技能である。判断に関する技能とは、ある動作の可否の判断だけでなく、具体的な数値を決める技能である。例えば、鍛造において、引き合いがきた部品の図面と材料から、必要となる加工圧力を推定する技能がこれに相当する。自社の加工機で製造できるかどうかの判断は鍛造業において大変重要であり、熟練技能者の判断に負うことが多い。判断の技能を対象にする理由の一つに、本研究のアウトプットが企業現場で利用可能な技能継承ツールである、ということがある。ツール化のためには、数値を入力して何らかの数値やグラフが出力される、など計算機で実装が可能となる必要がある。このため、数値で表現できる技能を対象にする必要があり、判断についての技能が本研究の主たる対象になっている。本研究が実施されたNEDO事業の目標は、基盤的な加工技術である鍛造、鋳造、メッキ、熱処理の4加工法を選択し、それらの加工法について、それぞれ10種類の異なった技能を選び、個々の技能を抽出し現場で利用できる技能継承ツールを開発することである。本事業は、産総研と理化学研究所との共同の事業であり、理化学研究所では切削と金属プレスを対象に実施した。なお、これらの加工法は、中小企業の基盤技術として中小企業庁が定めた中小企業のものづくり基盤技術の高度化に関する法律で定められた中から選定されている。3 研究のシナリオ熟練技能者の技能を抽出する方法を開発する、ということは、抽出された技能は熟練技能者とは独立に、自律的に動作することを意味する。すなわち、図1に示すように熟練技能の代替物として、計算機システムを構築することに他ならない。このことは、漠然とは理解していたのであるが、実際に研究開発を実施して初めて明確に意識された。この代替物を構築することが、本研究における技能の抽出の方法論となった。本章の以下の内容は、研究を後から振り返り、辿った道筋を説明する形で述べる。本研究では、まず熟練技能者がどのような判断を行っているのか、ということを知ることから研究を始めた。すなわち、企業における判断の事例を集め、その重要性と質を調べることから開始した。判断結果、すなわちアウトプットの収集である。次に、その判断を行うために利用したと思われる情報の総体を推定した。すなわち、判断のためのインプットの収集である。熟練技能者が脳内で行った思考プロセスを想定することは、興味深い内容ではあるが、非常に困難である。そこで、インプットとアウトプットからそれを成立させるアルゴリズムを構築することを試みた。既知の形式知を利用して、計算機システムを構築することである。アウトプットからアルゴリズムを想定し、そのアルゴリズムを成立させるインプットを推定する。企業でのヒアリングでこれを検証し、アルゴリズムとインプットを見直す。このようにして、熟練技能者の判断の代替物を作ることが、本研究で行った技能の抽出の方法である。このようにインプットとアウトプットしか対象としないため、熟練技能者の思考プロセスは、結果として全く考慮しないことになった。技能抽出でありながら、熟練技能者は分析対象としていない。このことを明確に認識するようになったのも、研究の終盤であった。本研究では、熟練技能者の動作観察のための機器も開発しており、常に熟練技能者を観察しているという気になっていたが、実際にはそうではなかった。判断の技能と制御の技能という、異なる 検証対応導出値環境(パラメーター)判断結果判断技能環境(パラメーター)計算機システム判断技能の代替物 : 作業直前作業前困難困難比較的困難比較的容易容易測定の難易度新たなトラブルに迅速に対応できる・ 注湯作業・ 研磨作業・ バリ取り作業・ 出湯タイミング「今、取り出せ」その日の天候に応じて添加剤の量を調整・ 加工方案設計・ 押湯配置設計現場技能の例トラブル対応力など手わざ状況判断力調整力設計力その他作業中能力(感知力に基づく)段取り能力熟練技能者の能力能力分類作業中表1 加工現場における技能図1 判断技能の抽出モデル

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