Vol.3 No.1 2010
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研究論文:臨床情報学のための野外科学的方法(木下ほか)−44−Synthesiology Vol.3 No.1(2010)7 議論と結論7.1 課題CVSにおいて、これまで行なってきたフィールドワークでは、不十分に終わっている研究方向も多い。本稿で提示したシナリオは、それを反映して暫定的なものにとどまっているといわざるを得ない。将来への課題が少なくとも二つある。a)フィールドワークで得られた技術移転に関する知見に対して、さらに系統的な考察を加える余地がある。そのためにKJ法などの手法が有効ではないかと考えられる。b)ソフトウエア開発工程の測定、定量的議論がさかんに行なわれているが[15][16]、技術移転においてそれをどのように活かしていくべきかが、課題として残っている注9)。技術移転の一般論以外にも臨床情報学の課題がある。臨床医学に、疾患の病因の究明、病気の成立機構の解明などの課題があるのと同様に、臨床情報学においても、リスクの原因の究明、欠陥の機構解明などの課題があり、情報科学の基礎研究との連携によってこれらを解決していかなければならない。もちろん、従来から情報システムに関するリスクは広く調べられているが、本稿に示したような情報処理の多様性と複雑さを意識したアプローチが求められる。7.2 結論本稿では、臨床情報学が対象とする三つの活動のうち技術移転について、その体系化を野外科学的方法論に基づいて試みた。川喜田氏が提唱した野外科学的手法を、我々はまだ使いこなしているとはいえない。特に、要求分析における取材に関する手法について、川喜田氏の野外科学は豊富な経験と実験に基づく体系を持っている。今後、それらの手法の情報システムの要求分析への応用などを通じて、臨床情報学の効果的な展開を図りたい。謝辞本研究は、産総研発足以来、情報科学連携研究体、システム検証研究ラボ、CVSなどにおいて行われてきた技術移転活動の経験の上に初めて可能になったものである。これらの技術移転活動に参加し、貢献されたすべての関係各社の技術者、産総研研究員の方々に感謝する。また、正副査読者として査読にあたられた中島秀之教授と小林直人教授は本論文の草稿を精査され、数多くの本質的かつ構成的なコメントを寄せられた。査読過程での議論によって著者らの理解が深まった点もいくつかある。ここに記して深甚の謝意を表する。注1)モデル検査は情報システム開発の科学技術の一つである。情報システム開発の科学技術一般は数理的技法、formal methodsなどと呼ばれる。その概観には参考文献[17]などを参照されたい。注2)欠陥、誤り、障害など、情報システムのディペンダビリティとリスクに関する用語については、参考文献[18]で概念整理がなされており、我々もその用語に従う。欠陥除去もそこで明確に定義されている用語で、これはいわゆる検証と呼ばれている作業を含む。注3)遷移系とは、集合(この集合の要素を状態という)Sとその上の二項関係Rの対によって構成される数学的構造である。Sの要素s, s’の間にsRs’の関係があるとき、sはs’へ遷移する、という。いわゆるオートマトンは遷移系に入力記号などの付加的なデータを付け加えて得られるものであり、プログラマが用いる状態遷移図は、そこで定義される状態の集合と、aからbへ「遷移する」という関係からなる遷移系を定めていると見なすことができる。つまり、遷移系は、情報システムのよい数理モデルとして広く用いられている。注4)このような場合、現場では明確な課題を抱えていると考えている場合もあるが、当事者が問題点の本質を理解しているとは限らず、実際には別の解決すべきもっと重要な課題があって、それを解決すると現場で抱えていると考えている課題も自動的に解決する、という場合も多い。したがって、研究者としてはまず、虚心坦懐に現場を「探検」し、観察すべきであろう。注5)これは、主査読者によっても示唆された見立てである。著者らは当初異論を唱えたが、考えを進めた結果、この結論に戻ることになった。注6)だからといって、これらの学問自体が主観的な議論を展開すると主張しているのではない。注7)その結果、筆者らの周辺では、業績リストが貧弱に見えてしまう研究者も出現した。フィールドワークの困難さに理解を示し、学術論文中心の業績リストが貧弱に見えても、フィールドワークの形にしにくい成果を認める評価者がいることを特筆しておかなければならないが、形にならない成果は認められないとの立場をとるものも後を絶たない。注8)分子生物学などの基礎研究の訓練を受けていない臨床研究者が、臨床研究の結果を基礎研究につなげようとするとき、全体像を把握していないせいで、何年も同じ課題の周りを堂々巡りする場合がある。このような現象は、エイズをもじってペイズ(paralyzed academic investigator’s disease, PAIDS)と呼ばれるという[19]。注9)KJ法はまた、システムの分析(要求分析、安全分析ほか)自体の手法としても有効ではないかと思われる。例えば安全分析のために有向グラフに基づくGoal Structuring NotationやASCEなどのソフトウエアツールが用いられているが、KJ法はこれらの手法を含む、もっと範囲の広いものであるように考えられる。参考文献川喜田二郎: 発想法, 中央公論社, 東京 (1967).川喜田二郎: 続・発想法, 中央公論社, 東京 (1970).川喜田二郎: KJ法―混沌をして語らしめる, 中央公論社 (1986). (川喜田二郎著作集, 5, 中央公論社 (1996) 所収).京都大学フィールド情報学研究会(編): フィールド情報学入門, 共立出版, 東京 (2009).木下佳樹, 高井利憲, 大崎人士: フォーマルメソッドのフィールドワーク, 情報処理, 49 (5), 499-505 (2008).高井利憲: システム検証技術における本格研究―数理的検証技術の実用化を目指して, 産総研TODAY, 8 (10), (2008).http://www.aist.go.jp/aist_j/aistinfo/aist_today/vol08_10/special/p16.html吉川弘之: 新しい科学者の役割, 岩波書店, 東京 (2002).吉川弘之, 内藤耕(編著): 第2種基礎研究―実用化につながる研究開発の新しい考え方, 日経BP社, 東京 (2003).吉川弘之: 第2種基礎研究の原著論文誌, Synthesiology, 1 (1), 1-6 (2008).中島秀之: 構成的研究の方法論と学問体系, Synthesiology, 1 (4), 305-313 (2008).B. G. Glaser and A. L. Strauss: Discovery of grounded [1][2][3][4][5][6][7][8][9][10][11]
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