Vol.3 No.1 2010
45/100

研究論文:臨床情報学のための野外科学的方法(木下ほか)−42−Synthesiology Vol.3 No.1(2010)程での適用が効果的だとされるが、あるフィールドワークでは実装などの下流工程における問題を解決してほしいという企業からの要望が存在した。そこで、適用実験を繰り返した結果、実装工程に対してもモデル検査技術が効果的であることが、いくつかの要素技術を開発しながら確かめられた。これはフィールド側の意見がうまく取り入れられて成功に至った例である。b)四分六の原則技術移転のフィールドワークに関わる者は技術的能力を持つだけでなく情報科学の研究者であるべきで、フィールドワークと同時に学術研究にも携わる体制を組むことが重要である。学術研究とフィールドワークに四対六程度の労力配分をせよという意図から、四分六の原則と呼ぶ。これによって、学術研究の最先端の手法がフィールドに活かされ、フィールドでの問題意識を反映した学術研究の新しい方向が生まれることによる、学界と社会の相互作用が生まれることが期待される。フィールドワークの結果を情報の科学の立場から正しく評価することが可能になるのも重要な点である注8)。ここで、エンタープライズ系システムのソフトウエアに対する検証を試みたフィールドワークを例として取り上げる[14]。このフィールドワークでは、Webを用いたユーザーインターフェイスの設計が対象であり、その仕様書にはユーザーからみた画面の遷移に関する仕様と、プログラムの流れを記述したフローチャートの二つが存在した。現場からの要望は、それら二つの仕様書の間で「整合性」がとれていることを調べたいというものであった。そこで、まず現場で使われている整合性という用語について研究者が評価したところ、計算機科学におけるある種の模倣関係になっていることが判明した。フィールドワークに参加した研究者は、この模倣関係を判定するためのモデル検査の検査式群を発見することにより、効果的なモデル検査の現場導入を達成した。技術移転のフィールドワークでは、我々は第4章に示す手順にほぼ従って進めた。以下では、この手順で用いられる要素技術を順に説明する。5.2節では、第1段階で用いられるインタビュー技術を説明する。5.3節では、フィールドワーク全般で用いられる参与観察について解説する。最後に5.4節では、適用実験に用いられる雛形実験、開発前実験、開発後実験、復元実験、目隠し実験などの手法を紹介する。5.2 インタビューフィールドワークの開始時にはまず、技術移転先の仕事の内容を研究者側が学習しなければならない。書かれた資料を研究者側が受取り、それに関する質問をフィールド側に投げかける形で説明が進む場合が多いので、この作業段階をインタビューと呼んでいる。研究者と技術移転先の領域知識や文化が異なるため、互いにもっとも一般的と思われる語彙で説明を試みるのに、最初はほとんど言葉が通じないことも多い。異文化交流を実感する段階である。インタビューの技術は、システムエンジニアリングにおける要求分析技術との重なりが大きい。インタビューは開始時に限らず、フィールドワーク遂行中に随時必要になるので、そのことを勘定にいれた予定が必要である。また、インタビュー対象者はプロジェクト参加者であるとは限らないので、インタビューに対して好意的でない場合もあり、そのときのための準備が必要である。5.3 参与観察参与観察は、観察対象に影響を与えることをいとわずに、観察者が観察対象の一員になって観察する質的研究技法の一つであり、社会学や民族学などでは広く用いられている。システム設計、開発の過程は、再現不可能な過程の典型例である。このような過程を対象に実験科学の手法を素朴な立場で適用しようとすると、実験の再現可能性、観察対象への観察者からの影響などの面で、たちまち困難に陥る。しかし、観察対象に影響を与えることを前提とした参与観察のようなフィールドワークにおける質的研究の技法を用いることにより、対象の観察を進める可能性が拓ける。5.4 適用実験適用実験にはいろいろな目的がある。1)技術移転の対象技術の、フィールドの文脈における適用例をフィールド側の技術者が見て、その効果を評価する。2)技術を研究者が適用している様子を、手本として用いる。3)技術者が技術を学ぶために、研究者の手助けを得ながら自分で適用してみる。 このうち2)と3)のためには、特別な技法は必要としない。1)における評価のために、いくつかの技法が考えられる。(図2)a)【雛形実験】過去のプロトタイプや過去の開発事例を対象とする適用実験。技術適用に失敗しても被害がないので、リスクが小さい。b)【復元実験】過去に開発されたシステムで、一部が既に欠けてしまっているようなものについて、欠けたところを補って実験する。例えば仕様書がなくなったシステムについて、仕様書をソースコードなどから復元した上で、仕様書をソースコードが満たすかどうかを検証してみる、など。c)【開発前実験】開発中の製品や、その製品の開発過程に対する適用実験。d)【開発後実験】市場に出回っている製品に関する技術

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer9以上が必要です