Vol.3 No.1 2010
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研究論文:臨床情報学のための野外科学的方法(木下ほか)−41−Synthesiology Vol.3 No.1(2010)もっと複雑な情報の流れを経ることが必要であった。b)我々が技術移転の対象としたモデル検査技術は、設計技術の一部であり、したがって、単に技術情報や理論を書き物や講義の形で産業界の相手方に知らせるだけでは、知識が伝わらず、書物の周辺の知識や考え方をface to faceで伝える必要があると考えられた。これは一種の異文化交流が発生していることを意味する。これがフィールドワークによる共同作業という形をとって技術移転を試みた理由の一つである。 例えば、モデル検査において、システムが満たすことを期待する条件を表す論理式(検査式)を記述するためには、数理論理学の基本的な素養が必要である。しかし、わが国では、正規の情報技術者養成コース(大学や高専の情報系コース)でさえ数理論理学の基本が教えられていないため、技術者に対して論理式に関するtutoringに数ヶ月から一年程度の期間を要するのが普通であった。c)技術移転先の仕事の文脈の中で、モデル検査技術がどのように有効であるかを実際の作業を通じて相手に示すことも、フィールドワークという形態をとった理由である。 移転先が、技術移転の対象技術を本格的に採用するためには、技術を移転先自身の眼で評価することが必要である。そのためにリスクの少ない技術適用から始めて、次第にリスクの大きな適用に移っていくという構図をたどる。これを我々は「縁側から奥座敷へ」あがっていく、と称し、技術移転の作業が今どの段階にいるのかを技術移転担当者自身が考えるための枠組として利用した。d)当初はプロジェクト毎に個別に教育活動を行なったが、比較的短期間のうちに教育の重要性が明らかになった。そのため、技術者向けの教育コースを独立して開発し、プロジェクト参加者に対して適用することとなった[12]。教育コース開発では、利用者に必要な理論は技術者に対してよく教えること、特定のツールに依存した知識と一般論を区別して教えることに配慮した。e)技術移転の最終的な形(目標)は、同じ技術を適用しているにもかかわらず、移転先に応じて多様であった。例えば、技術をマニュアル化して属人性を排除しようとする例と、極端に属人化させ技術を習得する技術者を限定して、いわばエリート教育してその技術者を通して社内で技術を拡げようとする例とが存在した。これは技術移転先の文化、判断による違いといってよい。最後にシナリオの各段階を、川喜田氏のW型問題解決モデルにどのように関連するか、について考察を加える。まず、1.のインタビューは、W型のはじめに思考レベルから経験レベルに向かう「探検」に相当する段階であろう。状況の分析を行なうための取材の段階である。2.の適用実験には、野外観察を行なうためのものと実験観察を行なうためのものがある。後述の雛形実験や復元実験は野外観察のため、目隠し試験や技術者のみによる工数測定などは、実験室内での実験観察のためである。3.の縁側から奥座敷へ、と書いた段階は、このW型過程全体を循環させる様子を示している。KJ法においても、最も完全な問題解決は、W型サイクルを6回まわして行なうことになっている。4.の技術教育は、「知識の収納庫」からW型の左上の問題解決サイクルの出発点への道程に相当すると考えられる。知識を技術者に与えて、次のサイクルを始めるわけである。最後の5.は、「発想と統合」の道程に相当すると考える。例えば工程をマニュアル化したのち、そのマニュアルが妥当なものかどうかを実験で確かめていくからである。5 技術移転の要素技術本節では、前章に示したシナリオに用いられうる技術移転のための要素技術を列挙して解説する。5.1 技術移転のフィールドワーク技術移転は、フィールドワークと称する研究活動の枠組によって研究者が行う。先に述べたように、我々の意味でのフィールドワークは、民族学や社会学でのそれにくらべて未だ方法論が十分に体系化しておらず、不完全なものに過ぎない。特に取材の段階について、社会科学のフィールドワークにおける取材活動の方法から取り入れるべきことが多い。いずれにしろ、技術移転のフィールドワークは以下のようなスローガンを掲げて遂行する。a)フィールドの価値観技術移転のフィールドワークは学界の価値観ではなく、フィールドの価値観にもとづいて実施する。例えば、研究論文を執筆することよりもフィールドでの問題解決が優先される注7)。また、技術移転のフィールドワークにおいては、自らの研究成果の応用にこだわるのではなく、採用する技術の選択はフィールドの価値観に基づいて行なわなければならない。しかしこれはフィールドの意見をいつもうのみにするべきだというのではない。研究者側がフィールドの価値観に立ってこれを用いるべきだと考えるものがあれば、それを主張しなければならない。研究者からの批判的な意見も加味しつつ、研究者と技術者の間で合意に達することが重要である。例えば、上記のように自動検証ツールの開発をフィールド側が主張するのに、フィールドの価値観に立って考えても研究者側にはそれがよい解決策だとは考えられず、採用しなかった例がある。別の例[13]では、通常数理的技法は、ソフトウエア開発工程のうち、要求分析や設計などの上流工

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