Vol.3 No.1 2010
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研究論文:臨床情報学のための野外科学的方法(木下ほか)−40−Synthesiology Vol.3 No.1(2010)別の適切な場所で行いたい。3.3 質的研究と量的研究一方、科学研究のアプローチに、質的研究(qualitative research)と量的研究(quantitative research)がある。物質科学では定量的議論が容易な場合が多いためか、定性的議論は単に正確さに欠けた、精度の低い議論に過ぎないと暗黙のうちに見なされてしまう場合もあるが、これは正しくない。第一に、定量的議論のために用いられるパラメータおよびそのパラメータがどんな量をとるべきかの選択の妥当性の議論は定性的にならざるを得ないが、その後の定量的議論はすべてこの定性的議論に根拠をおくからである。第二に、量を表すために実数が必要だとは限らない。定量的議論が必要とされる場面を詳細に検討してみると、実数によって表される量の概念が必要とされているとは限らず、量の比較、極限(上限、下限)などに関する議論ができれば十分である場合も多い。そのような場合には実数を導入せずに、もっと簡単な構造をもつ半順序や擬順序、あるいは束や完備束の構造を導入して比較や極限の概念を議論すれば十分である。この場合、実数は議論に現れなくなるので、いわゆる定性的議論と見なされるべきものとなる。質的研究は、定性的議論を避けずに展開される研究のアプローチであって、民族学、社会学や看護学などで広く受け入れられている。これらの分野に共通することは、人間に関係する現象であって対象とする現象そのものに主観が含まれること注6)、したがって再現不可能あるいは再現困難な現象を対象とすること、対象が複雑なこと、などである。とくに対象が複雑な場合、安易にパラメータを選んで議論を進めるべきではなく、パラメータ選択の妥当性を十分に考察しなければならない。したがって、定性的議論のための方法論が重要である。定性的議論のための技法として、例えば、川喜田氏のKJ法[1]-[3]やGlaserとStrauss によるグラウンデッドセオリーアプローチ(grounded theory approach)など多数が提案されてきた[11]。臨床情報学における技術移転研究も、まず質的研究に基づいて大まかな方向付けを行うのが妥当であろう。技術移転は人間が関係する現象であって、すべての人間が関係する現象と同様、極めて多様かつ複雑なものだからである。実際、ニーズの分析や技術移転の形の決定は大変複雑な過程である。個別の企業がその新しい技術を採用するかどうかの判断は、すべての判断と同様に極めて主観的なものであること、個別の企業における技術移転は再現不可能な過程であることなども、現象の複雑さを増している。著者らは、技術移転研究における量的研究を否定するものではない。量的研究による緻密な議論を開始する前に、どのような量を問題にすべきかをよく考察すべきであって、そのような考察は必然的に質的研究になるであろう、というのが著者らの主張である。4 技術移転のシナリオ我々のフィールドワークの経験に基づいて、技術移転過程のシナリオを一つ提示する。1.【インタビュー】まず、技術を移転する先での仕事の詳細の説明を受けるために、インタビューを行なう。2.【適用実験】その後、移転先の技術者との混成チームによるモデル検査技法(技術移転の対象となる技術)を実際のシステム開発現場への適用を試みる適用実験を通して参与観察を行なうことを繰り返す。3.【縁側から奥座敷へ】これらの適用実験の対象システムは、移転先にとって失敗してもリスクの少ないものから始めて、失敗したときのリスクが大きいものへと漸次移していく。初めは、以前に作ったプロトタイプなどを対象に行い、次第に開発中の製品で小規模のものから大規模なものに対象を移す。4.【技術教育】適用実験は、初めはCVSの研究者のみによって行なわれるが、漸次、技術移転先の技術者によって行なうようにしていく。これに並行して技術者に対する技術教育を行なう。ここでの技術教育は、適用実験を技術者だけで行うことができるようにすることを目的とする。5.【目標達成】技術移転の目標(マニュアル作成、先端技術者育成など)を達成する。以上のようなシナリオに達するにあたって、我々の共同研究における経験に基づいたいくつかの判断(rationale)があった。それを以下に列挙する。a)ボタン一つでソフトウエアの検査を完全に自動的に行う検査器、といったものの開発の希望が相手先から寄せられることが再三あったが、我々は、これに同意しなかった。その理由は、(I)どんな仕様書とプログラムが与えられても、後者が前者を満たすかどうかを証明するような一般的な手続きは存在しないことが数理論理学において知られていること(Churchによる一階述語論理の非決定性)。(II)検査する検査式を一定のパターンに限定すれば、それをボタン一つで検査することは可能であるが、システムの検証が一定のパターンの検査式に限定したモデル検査に帰着するかどうかは不明であり、我々は否定的な予想をしていた。 の二つである。(a)のような希望を企業が寄せるのは、モデル検査を用いて欠陥を検出する技術の移転を、単純な情報の流れとして捉えていたからではないかと思われる。しかし、実際の技術移転過程では、b)に記すように、

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