Vol.3 No.1 2010
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研究論文:臨床情報学のための野外科学的方法(木下ほか)−39−Synthesiology Vol.3 No.1(2010)に図解されているようなW型問題解決モデルによって表現される[2]。技術移転も一つの問題解決であるから、このW型問題解決モデルによって、技術移転過程を理解することができるはずである。この作業仮説に基づいて、著者らおよび著者ら周辺の経験に照らし合わせながら、W型問題解決モデルに基づいて技術移転過程の体系化を試みる。W型問題解決モデルを技術移転に当てはめると、以下のようになるであろう。まず、何かの技術が社会の一定の場所に役立つのではないかという漠然とした期待(問題提起)のもとに、社会のその場所に出かけ(探検)様子を観察する(野外観察)注4)。観察の結果、当初想定していた技術をどのように役立てるのか、また同時に必要となる技術にどのようなものがあるのかなどを考え(発想と統合)、さらに研究室に戻って全体の状況を見渡して(情勢判断)、最初の期待を実行に移すかどうかを決断する。やることに決めたら、技術移転の具体的な手順を考え(推論)、その手順がうまくいくことの実験の準備を行い、実験して結果を観察する。実験結果を検証して評価する。このような体系なしに、闇雲に技術移転に向かった場合、我々の経験では少なくとも三つの問題が生じる。1. 社会の観察(野外観察)が不十分で全体の情勢を十分掌握しないまま何かの技術を移転しても、その状況に適合しない技術の押し売りになる可能性がある。2. 技術移転は一般に数ヶ月から数年の長期間にわたる困難な活動である。過程全体の見通しをもたず、五里霧中の状態でその場その場の仕事を次々にこなしていくことは、当事者にとって大変苦しいことである。技術移転過程の全体像を描き、その場その場の仕事が過程全体のどの部分であるかを理解することによって、当事者が勇気付けられるとともに、周辺の利害関係者(とくにプロジェクトスポンサー)への説明もしやすくなる。3. 技術移転過程は、一般に研究所と技術移転先との間に特有のものであるが、一つの技術に関して多数の技術移転先への技術移転過程を一括して議論したい場合がある。技術移転過程の一般論、つまりモデルがないとこのような一括の議論が困難である。特に、著者らのように設計の方法論を産業に移転しようとする場合には、新しい製品の開発法を移転する場合に比べて、産業側の技術者への知識移転(トレーニング)の度合いが大きく、移転が困難であるように思われる。この困難の大きさに気づかずに方法論を移転しようとしてもうまくいかない。ここにある困難は一種の複雑系的課題であり、その克服には川喜田氏のW型問題解決モデルなどに基づく問題解決手法が効果的であると思われる。3.2 本格研究とW型モデル吉川弘之氏による第2種基礎研究[7]は、当初「抽象から具体へ」の知識の進展過程として提唱された。参考文献[7]の執筆後、産業技術総合研究所内での議論を経てでき上がった本格研究[8][9]と呼ばれる研究のライフサイクルは、第1種基礎研究、第2種基礎研究、製品化研究の三つの過程からできている。吉川氏の第2種基礎研究や本格研究の枠組と川喜田氏のW型モデルを対照して、我々は以下のような観察結果を得た。川喜田氏のモデルは問題解決一般のモデルであるから、いろいろのレベルに入れ子状に適用することができる。実際、川喜田氏自身も大きな問題に対してはW型モデルの過程を6回繰り返す手法を提示している。本格研究に関しても、研究のライフサイクル全体に対してW型モデルを考えることもできるし、第1種基礎研究、第2種基礎研究、製品化研究などの個別の各過程に適用することもできる。本格研究においても川喜田氏のモデルにおいてもabduction(発想法)が、演繹法(deduction)、帰納法(induction)とともに重要な役割を演じている。川喜田氏のモデルでは、帰納法のための「実験」、発想法のための「野外観察」の過程が設定されている。一方、吉川氏のモデルでは、「構成」と呼ばれる過程が設けられており、この過程では帰納と発想が混在して行使されるように思われる。吉川氏のモデルで具体、抽象と呼ばれているものが、川喜田氏のモデルでそれぞれ経験レベル、思考レベルと呼ばれているものに相当するように思われる。だとすると、「抽象から具体へ」という第2種基礎研究のモットーは、川喜田氏のモデルでは思考レベルから経験レベルへの遷移に相当する。図1のように、この遷移は「探検」と「実験準備」の二つある。本格研究全体のライフサイクルのW字において、第2種基礎研究は左半分のV字に相当すると考えるのが妥当であろう注5)。推論、実験と検証を行なう右側のV字はむしろ第1種基礎研究ということになる。なお、この場合、第2種基礎研究の後に第1種基礎研究が行われることになるが、この順序は大した問題ではない。いずれにしろ、研究活動は循環するものと考えるべきであり、第1種基礎研究の成果が川喜田氏のいう「知識の収納庫」に入れられて、次の第2種基礎研究に供されるからである。本格研究に関してはこれまで、その活動の姿を明確にする議論がされてきたものの、方法論の議論にまでは至っていない。一方、川喜田氏のモデルでは、abductionを支援する手法がKJ法として提示されている。なお、著者らは査読者から中島氏による参考文献[10]の存在を教示された。ここでもabductionの重要性が論じられていて興味深い。中島氏の論説に関する詳細の議論は

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