Vol.2 No.4 2009
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−336−Synthesiology Vol.2 No.4(2009)インタビュー:工学の克復とシンセシオロジーず犠牲者を出すという必然もあります。これからも技術革新がすべての人を幸せにするということはあり得ないと思うし、必ず被害をこうむる人がいるのですが、社会トータルのウェルフェアを考えて、この方向でいいのだという見極めの見識が必要とされます。 工学教育とは「科学」を勉強させるのではなく「科学とは何か」を勉強させること小野 日本の工学教育について、今は「さらば工学部」といわれ、非常に憂うべき状態であるというお話を伺いました。では、なぜかつて工学部は輝いていたのでしょうか。長井 工学部を世界で初めてつくったのは日本というお話をしましたが、明治の初頭、工部省が工部寮をつくって、そこでまさに世界初の工学部をつくったとき、スコットランド人のヘンリー・ダイアーが日本に招かれて、教育の設計をしました。当時、各省が大学的なものを持っていた時代があって、今でいうと経済産業省が大学を持っていたという形になります。ヘンリー・ダイアーの最初の卒業式での記念講演が東京工業大学の図書館にありましたので読んだのですが、「大陸では科学の地位が高く、技術が下に置かれていて、あまりいいものが出てこない。イギリスでは技術が非常に高い地位を持っているが、科学と無縁で、非常にいいものを出しているけれども試行錯誤を無限に行うため開発コストは高いという問題点がある。両方のいいところをとって新しい教育をしたいと思って日本に呼ばれて来た」ということでした。そして、技術の伝承と世界最先端のサイエンスを教えるという新しい大学教育をしたいということで、実習と講義を非常にうまく組み合わせて、6年間のうち最後の5年生と6年生は工部省の現場に行って実際に仕事をして、それを卒業論文にするという形で実践されました。その講演の中には、図書館や資料室を大学がきちんと整備して、学生がいつでも先人の残した一番いいものをすぐ勉強できるような体制をつくっておかなければいけないとか、学会をつくらなくてはいけないとか、外国語を勉強するのは先端的な知識を身につけるという意味で当たり前だが、文学や宗教を積極的に勉強しないといけないと。何のために自分たちが勉強しているかを考えるには、そういうことなしにはできないし、もっといえば、「あなた方が仕事について、よその国の人たちと会ったときに、その国の文学作品を一つでもいえるといえないのでは、相手の対応が違う」といわれています。小野 そういう話は今ではよく聞きますが、当時から既にそういわれていたのですか。 長井 理想を話されたのだけれども、私はその理想は今でも輝いていると思います。それに、大陸の批判ですが、「工学というのは知識を詰め込めば詰め込むほどいいものをつくれなくなる。“科学とは何か”を勉強させればいいので、“科学”を勉強させる必要はない」と既にいっているのです。大いに納得します。協調と競合の時代、21世紀に「工学」ができること小野 日本の工学が2度目に輝いたのは、戦後の工業技術をはじめとする「ものづくり」でしょうか。長井 「ものづくり」そのものだと思います。「技能の伝承」というと非常に個人的なイメージがつきまとって、私はしっくりこないのですが、ものづくりの魂がないと、技能を伝承しても、たぶん「要らない」といわれるだろう。これは、アメリカの工学アカデミーが使っている「これから科学者を目指す者たちのために」にも書かれているし、ヘンリー・ダイアーもいっていますが、私の言葉でいうと、人間というのは夢というか、こういうものがあったらいいなという好奇心を持って、それで周りにあるものを使って、そういうものを作り、実現してしまうということができる唯一の動物だと思うのです。どういうときに好奇心が生まれるかというと、自分のイメージになかった、違ったものや違った考えを見たときです。私の世代だと、鉄腕アトムの漫画で当時の世の中にないものを見せられて好奇心を持ちましたが、違ったものと触れ合い、そして実際に自分で試してみる。試してみて、うまくいくと自分が天才だと思い込むところがあるわけですが、それは大事なことで、そうしたら他流試合をするという形で外に出ていかなくてはいけない。「協調と競合の時代」というのはまさにそういうことだと思います。一つのアイデアで問題を片づけることができない時代になったとき、壁を取り払い、お互いに知恵や力を出し合うことは、人間だけが本来持っているものだと思うのです。もちろん基礎は大事です。知識を詰め込むばかりではだめですが、そのための教育は大事です。小野 今おっしゃったことは、まさにシンセシオロジーの精神でもあります。これは日本の3度目の工学の成功に結びつくと思いますが。長井 シンセシオロジーの立場でいうと、そういう仕組みや具体的な行動をあらゆる階層、あらゆる場所でつくりあげていくということだと思いますし、一番のキーポイント

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