Vol.2 No.4 2009
55/92

研究論文:バイオ燃料を木材からナノテクで生産する(遠藤)−315−Synthesiology Vol.2 No.4(2009)NMRは有機化学分野では分子構造解析装置として活躍しているが、高分子分野では固体NMRを用いた緩和時間測定により複合体における分子同士の混合の程度や分子の凝集サイズ(ドメインサイズ)の評価が行われている。緩和時間測定とは、ある物質にNMR装置によりパルス信号を照射し、その信号がどのようなスピードで減衰するかを調べる方法である。物質の集合体(ドメイン)が大きければパルス信号は遠くまで長い時間をかけて伝搬していく。ドメインサイズが小さければパルス信号は早く減衰する。また、異なる物質が分子レベルで混合して同じ環境に置かれている場合には、異なる物質でも同じ緩和時間をもつようになる。このような手法をメカノケミカル処理物の評価に用いた結果を次に示す。固体NMR測定は酵素糖化反応と類似の湿潤条件で行い、セルロース分子等がもっている水素原子の緩和時間(T1H)を計測した。その結果、メカノケミカル処理とともに緩和時間は減少(セルロースのような高分子物質では分子運動性が向上)し、最も糖化性が高くなった4時間粉砕後では0.05秒になった(図6)。この値からドメインサイズを計算すると5.5 nmとなる [11]。つまり、木材はメカノケミカル処理により見かけ上20μm程度の木粉になっているが、その木粉は実際にはさらに微細な5 nm程度のドメインから構成されていることになる。この5 nmというサイズは、セルロースミクロフィブリルの幅と類似していたことから、メカノケミカル処理によってミクロフィブリルがお互いに分離し、酵素が吸着できる表面積が増大したことが、酵素糖化促進のために重要な要因であると推測された。以後の研究ではこの作業仮説に基づいて酵素糖化に有効なメカノケミカル処理を解明しつつ、新規な前処理手法を開発した。メカノケミカル処理によってセルロースは非晶化するが、実際にはミクロフィブリルのようなセルロース分子の配列は残っていると考えられている[12]。このフィブリルの分離というサイズレベルからみると、セルロースの結晶性はさらに下のレベルのこととなり、高結晶性か非晶かという問題は特に重要ではなくなる。5 ミクロフィブリル化処理セルロースの酵素糖化反応は、固体状のセルロースと水に溶けた酵素との固液反応である。一般的に、固液反応を効率的に進めようとすれば、固体を微細にし、液体との接触面積を大きくすればよい。木材中でミクロフィブリルはセルロースの固体としての最小集合単位である。もし、セルロースを溶かして分子1本単位で分離できれば、酵素糖化はスムーズに進行すると考えられるが、セルロースを溶解できる溶剤中では酵素は容易に失活してしまう。そこで前項の固体NMR測定により得られた結果を基にした作業仮説を確かめるため、実際に木材を微細な繊維であるミクロフィブリルにほぐす方法について検討した。製紙技術では、紙の強度を増すために、パルプの水分散スラリーに機械的にせん断力を加えて繊維を毛羽立たせる叩解(こうかい)という処理が行われる。このプロセスではせん断力により水がパルプ繊維の微細な隙間に入り込みクサビのように作用して繊維をほぐすとともに周囲の水は毛羽立った微細な繊維の凝集を抑制している。このような叩解プロセスと類似の方法を用いれば木材をミクロフィブリルにほぐすことができると考えられた。そこで、基盤実験として木粉を重量比で20倍量の水に分散させてボールミルを用いて湿式メカノケミカル処理したところ、粘性の高いクリーム状の生成物が得られた。生成物を乾燥して電子顕微鏡で観察したところ、ミクロフィブリル化が進行しており、100 nm以下、細い部分では20 nm程度の微細な繊維が生成していた(図7)。X線回折によりセルロースの結晶性を調べたところ、原料とほぼ同一の結晶性が保持されていることが分かった。ミクロフィブリルそのものがセルロース5 µm粉砕時間 (時間)水素原子緩和時間 1H (秒)T0012340.020.040.060.080.10.12ヘミセルロース由来(21 ppm)リグニン由来(56 ppm)セルロース(C6位)セルロース(C235位)セルロース(C1位)リグニン由来(154 ppm)図6 粉砕時間による緩和時間T1Hの変化(括弧内はNMRでの各木材成分の帰属)図7 湿式メカノケミカル処理物の電子顕微鏡写真

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer9以上が必要です