Vol.2 No.4 2009
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研究論文:循環発展的なプロジェクト構造を生むバイオインフォマティクス戦略(諏訪ほか)−300−Synthesiology Vol.2 No.4(2009)効率化させるナビゲータとなると期待される。多くの産業応用ターゲットの中でも中心的なものは、Gタンパク質共役型受容体(G-protein coupled receptor:GPCR)[2]と呼ばれる生体分子である。細胞膜に存在し、膜を貫通する7本の螺旋構造(膜貫通へリックス)による管状構造を作り、細胞外側から神経伝達物質、ペプチド、匂い物質等の多様なリガンドが結合することで、細胞質側から共役するGタンパク質が活性化され、その種類によって細胞内への情報伝達の経路が決まる(図1)。多くの場合、この情報伝達システムの異常が、高血圧、心臓病、癌等の重篤な疾病を引き起こすことから、現在世界で出荷される薬の30 %近くがこの受容体が関与するシステムの制御を目的としている。仮にGタンパク質の活性化を選択的に制御できる薬物を同定できれば市場に与えるインパクトは極めて大きい。例えば、GPCRを介して肥満病の発現機構を制御するペプチドは、薬剤の有効なシーズ、健康食品の基として大きな市場(年間数百億円規模)を見込める。しかしそれを目指した生化学実験には、巨額を水に投じるような極めて大きなリスクを伴う。例えば生理活性を持つ有用ペプチドの単離は、数年から十数年間かけても成功する保障はない。あるいは結合リガンドが不明であるオーファン受容体のリガンドを探索する場合、まずGPCRが発現し、Gタンパク質と結合して機能できるような細胞環境を樹立する必要があるが、GPCRにとって共役Gタンパク質種が不明なため、少なくとも代表的な数種類のGタンパク質と組合せた細胞環境の実験系を全て検討する必要があり、仮にここまでができても高効率化することがさらに難しい。以下の章では、上述のようなリスクを可能な限り軽減するために、バイオインフォマティクスの立場から考えられるアプローチを、我々の従来から行ってきたGPCR研究(以下、これを本プロジェクトと呼ぶ)をモデルケースとすることで示してみようと思う。2 研究の目的・目標実現に向けた研究シナリオ2000年に始まった本プロジェクトでは、「GPCR創薬関連の生化学実験上のリスクを可能な限り軽減するため、バイオインフォマティクス技術により実験結果を予測して、実験の設計に資する情報を提示する」ということが目的であった。そのための具体的目標は、まず、①ヒトのGPCR遺伝子を新規遺伝子まで含め、網羅的にゲノム配列から同定、保有してデータベース(DB)化すること、これらの遺伝子に計算手法で可能な限り高効率に機能・構造情報を付加することであった。これらの基盤ができれば、生化学実験で単離、発現するのが困難な新規GPCRをあらかじめDB中から容易に見出せるようになる。もう一つの目標は、②リガンドやGPCR配列情報を入力するとGタンパク質の活性化を予測できるプログラムを開発し、結合リガンドが不明なオーファン受容体に応用することであった。これにより、GPCRとそれを制御する薬物の組合せを網羅的に探索することで、オーファン受容体に対するリガンドスクリーニング実験系の設計も可能になるものと期待できた。すなわち製薬分野の研究を加速させるような貢献ができる可能性がある。本プロジェクトのスタート時に考えた目標はここまでであった。バイオインフォマティクスの研究サイクルは、基礎から応用へ移行するまでが短く、上記の成果はDBやプログラム等の“製品”になる。いわば見えやすい形で典型的な本格研究のサイクルを完結できるため、一応ここで一区切りになると考えた。実際は、このサイクルだけで完了ではないはずであったがライフサイエンス分野の進展は極めて速いため、その先の研究シナリオを詳細に正しく書くのは不可能であった。ただ“製品”を基に、より大きな流れに対応していくことになるのだろうとは、おぼろげながら予測していた。それを行おうとすると、全体では数年以上かかるプロジェクトになることは当時から予測できた。3 一巡目の本格研究以下では、本プロジェクト開始当初の研究サイクル一巡目について示す。これはヒトゲノム配列から遺伝子を同定することから始まった。3.1 ゲノム配列からの遺伝子同定ゲノムとは、細胞核内の染色体に記載された生命の設計図1 Gタンパク質共役型受容体(GPCR)の概念図 神経接合部等の細胞膜内に存在する。(図右)。7本の膜貫通へリックスによる構造に細胞外側から多様な種類の分子(リガンド)が結合し、共役するGタンパク質を活性化するが、その種類に応じ細胞内への情報伝達の経路(大別して3種類)が決まる(図左)。 Gαβγ細胞膜表面シグナル情報伝達神経接合部や味覚、臭覚神経末端細胞外側細胞質側リガンド共役Gタンパク質GPCRアデニル酸シクラーゼ放出を阻害する伝達系アデニル酸シクラーゼ放出を活性化する伝達系フォスフォリパーゼCを活性化する伝達系

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