Vol.2 No.4 2009
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研究論文:誰でも作れて携行できる長さの国家標準器(石川)−285−Synthesiology Vol.2 No.4(2009)ていたが、ゴム足の防振効果は大きく、定盤上での通常の操作が波長安定化に及ぼす影響はほとんど無くなった。6 開発した国家標準器の性能とその活用新型のヨウ素安定化ヘリウムネオンレーザは、産総研で日本の国家標準として、また波長標準の供給を行う校正事業者でそこの標準器として用いられている。このレーザは、今まで紹介したような独自の新しい機構を有するものであるが、その最大の特徴は製品としてではなく、組立キットとして供給される点にある。最初に述べたように、ヨウ素分子吸収線の量子力学的性質を利用した標準において重要なのは、その性質から標準(波長)を取り出す技術である。この考え方を実践するために、筆者は新しいヨウ素安定化ヘリウムネオンレーザの詳細な仕様・設計図をまとめ、計量標準モノグラフとして刊行した[6]。このモノグラフに基づけば、国際度量衡委員会の勧告を満足するレーザの製作が可能である。しかし、汎用品がほとんどとはいえ、レーザ製作に必要な部品類を洩れなく調達するのは大きな負担である。そこで、必要な部品類をとりまとめてレーザ組立キットとして希望する事業者に有償頒布した。キットであるから、各部品類に関して仕様を満足するかは保証の範囲となるが、最終的な標準器としての性能(絶対波長やその不確かさ)は、所有者の技術に依存する。必要に応じて、組立の技術指導は行うが、キットで頒布することにより、レーザヘッド・制御系(制御系はほぼ完成したかたちで供給される)一式でおよそ200万円という、国家標準器としては破格の低価格を実現した。このような、波長標準を技術として伝える試みは、海外に対しても進めている。産総研ではタイ王国の国立標準研究所(NIMT)設立援助のプロジェクトを進めてきた。ヨウ素安定化ヘリウムネオンレーザキットの1号機はこのプロジェクトを通して、NIMTに収められたものである。現在、NIMTを拠点として、ASEAN諸国の国立標準研究所に対して同様の技術供与を行うことを計画している。本レーザは国際比較にも用いたが、国際度量衡委員会の勧告に従った標準器として今までのレーザにない優れた特徴を有することも分かってきた。前章の国際度量衡委員会が勧告する条件に、ヨウ素セルの管壁の温度を25±5 ℃に保つという規定がある。この温度は周囲温度とほぼ同じとなるので、ヨウ素安定化ヘリウムネオンレーザも25 ±5 ℃の温度範囲で動作できるはずである。新しいレーザはこの条件を満たす。25±5 ℃の範囲で波長安定化を継続可能であり、波長変動も国際度量衡委員会勧告の不確かさの半分以下(光の周波数換算で5 kHz以下)という良好な結果であった。一方、従来型レーザを含めた多くのレーザは、国際度量衡委員会が勧告する不確かさを満足するためには、周囲温度のより厳密な安定化を必要とする。多くのレーザで用いられているように、リング状積層ピエゾアクチュエータの伸縮に伴う平面鏡の傾き角の変化は、発振波長の変動要因となる。傾き角の変化を防ぐためには、レーザ本体への超低膨張材料の採用に加え、厳密な周囲温度安定化を行い、アクチュエータの伸縮を最小限に留めることが必要となる。以前、各国の国家標準であるヨウ素安定化ヘリウムネオンレーザを1箇所に集めて国際比較を行ったことがある。その最中にレーザを設置した部屋の温度が、空調装置の不調からたまたま2 ℃程度変動したことがあった。そのとき多くのレーザで安定化のロックが外れて動作不能に陥ったのに対し、新型レーザでは安定化のロックが外れることなく動作し続け、その性能の高さの一端を証明することになった。7 おわりに筆者は最初に、ユーザーとしてヨウ素安定化ヘリウムネオンレーザと関わるようになった。本来の研究テーマであった「精密干渉測定装置の開発」を円滑に進める上で、波長の基準光源であるヨウ素安定化ヘリウムネオンレーザの使い勝手と信頼性を向上させることは潜在的な悲願であった。ニュージーランドの可搬型レーザを見たことでその悲願が顕在化し、研究を開始したことは先に述べた。しかし、もしユーザーとしての立場ではなく、従来型レーザの開発者としての立場であったならば、おそらく「国家標準器なのだからそこまで使い勝手にこだわる必要はない。それよりも、より精度の高い次世代標準の開発こそ重要だ」と判断していたと思う。研究の初期に、汎用部品を従来にない特殊な使用方法で活用することにより、特殊な機能を実現するという研究の方向性を決定づけたのは、ヨウ素安定化ヘリウムネオンレーザの改良が正規のテーマではなかったことが最大の理由と考える。研究の初期段階において、極めて低予算であったこと、研究の期限と成果に対する義務が課せられていなかったことから、ある意味大胆な試みを行えたことが、研究の方向性を決定づけた。もし、最初から正規のテーマとして研究計画を作成し、予算を要求したのであれば、特殊部品や特殊材料を常識的に使用するという無難な選択を行っていたことは間違いない。開発したヨウ素安定化ヘリウムネオンレーザを、組立キットとして有償頒布することにより、破格の低価格を実現したことは前章で述べた。しかし、組立キットによる本当の意義は、ユーザーのモチベーションの向上にある。レーザの組立は、研修という形で行っているが、多くの参加者は
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