Vol.2 No.4 2009
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研究論文:誰でも作れて携行できる長さの国家標準器(石川)−277−Synthesiology Vol.2 No.4(2009)筆者が1980年代に旧工業技術院計量研究所(現産業技術総合研究所計測標準研究部門)で精密干渉測定に関する研究を開始した際に、波長標準として使用したヨウ素安定化ヘリウムネオンレーザ(これは2009年まで日本の長さの国家標準であった)は、ちょうどこの状態であった。当初は操作性の悪さや特殊部品の供給に問題を感じつつも、最高精度の国家標準器であればやむを得ないことと考えていた。そのようなときに、ニュージーランドの国立標準研究所の研究者がヨウ素安定化ヘリウムネオンレーザの国際比較を行うために、自らが開発したレーザをハンドキャリーで航空機の客室に持ち込み、各国の標準研究所を訪問し、計量研究所にも立ち寄るという機会があった[1]。ラック1台分の制御装置と鋳鉄製のチャネルベンチ上に設置されたレーザ本体で構成された日本のレーザと比較して、そのコンパクトさと操作性はまさに衝撃的であった。この出会いをきっかけに、ヨウ素安定化ヘリウムネオンレーザの汎用化の研究を開始した。ここでいう汎用化とは、まずヨウ素安定化ヘリウムネオンレーザの各部分に要求される性能・特性を詳しく調べて明確にすること、次にその性能・特性を可能な限り一般的な部品を用いて実現することである。本稿では、研究を開始したときの状況、その状況の下で決定した要素技術開発の方針、どのような要素技術を開発したか、要素技術を統合してどのような国家標準を実現したかを述べる。2 研究の目標2.1 国家標準器の汎用化ヨウ素安定化ヘリウムネオンレーザに限らず、標準器やその構成部品に要求される仕様・性能は一般の製品と比べると特殊なものである。基礎開発過程では必要とされる性能を実現することが最優先課題であるから、特殊かつ高価な材料・部品・加工法が採用されることはやむを得ない。筆者は当初、標準器を開発する研究者の立場ではなく、1ユーザーとしてヨウ素安定化ヘリウムネオンレーザに関わり、その段階でニュージーランドのレーザと接する機会を得た。その経験から、基礎開発過程は標準器開発の全過程の半分にすぎず、本当の意味で開発を完了するためには引き続いて汎用化を進めることが不可欠であると確信した。汎用化とは、先に述べたように必要とされる性能・特性を詳しく調査して明確化して、それを汎用部品を用いて実現する設計手法・技術を確立することである。すなわち、汎用化とは特殊部品(ハードウエア)から設計手法・技術(ソフトウエア)へと転換を図ることであると考えるようになった。ヨウ素安定化ヘリウムネオンレーザの動作原理は、ヨウ素分子の量子力学的性質を基準とするものである。ヨウ素分子の量子力学的性質は不変であるから、人工物のメートル原器とは異なり、用いるヨウ素の間で原理的な差は存在しない。しかし、ヨウ素分子の量子力学的性質から安定な発振波長を抽出する機構には、人工物であるが故の不完全性が存在し、発振波長の器物による差や不確かさとなって現れる。筆者は、標準の保有・維持とは単にヨウ素安定化ヘリウムネオンレーザ(ハードウエア)を所有することではなく、ヨウ素分子からレーザ波長を実現する技術の保有であると考えている。汎用化には、レーザ波長を実現する技術の精査と深い理解が不可欠である。すなわち、汎用化により得られた技術の保有が、標準の保有・維持に他ならない。国家標準器を汎用化することによって多くのメリットが得られることが予想されたが、その中で中心的なものは各国の長さ標準の相互信頼性が向上すること、そして我が国の中で長さの精密計測の精度が飛躍的に向上することであった。これらを次の2つの節で述べる。2.2 国際的な相互信頼性の向上先進国の一部を除き、ほとんどの国立標準機関では、国家標準器として製品化された市販のヨウ素安定化ヘリウムネオンレーザを購入している。この場合、簡単な調整以外の修理等はそのレーザの製造事業者に依存している。つまり、国立標準機関は単なるハードウエアの所有にとどまっていて、標準の維持はその製造事業者に全面的に依存している。製品としての完成度が高く、供給・維持サービスが滞ることがなければ大きな問題が生じることはない。しかしヨウ素安定化ヘリウムネオンレーザのような国家標準レベルの機器は、高度な技術を必要とすること、需要が極めて限定的であることから、開発・製造・維持を営利事業として継続することは容易ではなく、事業化は実際多くの困難を伴っている。筆者が考えたヨウ素安定化ヘリウムネオンレーザの汎用長さの国際単位メートル真空中の光速度の定義値、c時間の国際単位秒産総研が持つ国家標準器ヨウ素安定化ヘリウムネオンレーザ製造事業者が持つ幾何標準器ゲージブロック、ステップゲージ製造事業者が持つ現場計測器マイクロメータ、ノギス校正事業者が持つ標準器実用安定化レーザ・光波干渉計図1 ヨウ素安定化ヘリウムネオンレーザを国家標準とする長さ計測のトレーサビリティ体系
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