Vol.2 No.3 2009
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研究論文:スピントロニクス技術による不揮発エレクトロニクスの創成(湯浅ほか)−222−Synthesiology Vol.2 No.3(2009)らず、5 %を越えることは希です。つまり、バックグランドで様々な処理をしていても、大半の時間はCPUが待機状態ということです。揮発性を基本とした現在のエレクトロニクスでは、低負荷時にはCPUのクロックや電源電圧を下げることで消費電力の低減を計っていますが、この手法には自ずと限界があります。長期的には、ノーマリー・オフによる抜本的なグリーンIT技術の実現が必要と考えます。議論3 スイッチングスピード質問・コメント(大蒔 和仁)門外漢が感じることは、磁気の動きを利用するときのスイッチングスピードの問題だと思います。TMR素子のように、磁気を使って省エネ、ノーマリー・オフコンピュータの実現は達成されるとして、そのスイッチングスピードは、現在のシリコン技術と比べて明るい見通しがあるでしょうか。その言及が欲しいと思いました。回答(湯浅 新治)磁気のスイッチングスピードは本質的に高速であり、数ナノ秒より早いスイッチングスピードが実現できます。現在CPU内で用いられている高速メモリSRAMと同程度の動作速度を持つ不揮発メモリが実現可能です。ただし、現在のシリコン技術よりも画期的に速くなることはありません。つまり、現在技術と同程度の動作速度を維持しながら、不揮発性による画期的な低消費電力化を実現することが目標となります。動作速度について、1.3節に簡単な説明を加えました。議論4 理論的背景質問・コメント(小林 直人)最初のブレークスルーであるMgOを用いた巨大TMR効果の実現の契機は、ButlerやMathon 等による第一原理計算があったからとの説明がありますが、彼等がMgOを取り上げた背景等について説明してもらえるとよいと思います。我が国では、理論的な寄与はあまりなかったのでしょうか。回答(湯浅 新治)ButlerやMathonらは最初から巨大TMR効果を予想していたわけではなく、厳密な第一原理計算が可能な典型例としてFe/MgO/Fe構造を最初に選んだようです。従来のアモルファスAl-Oトンネル障壁では、アモルファスの無秩序構造のために第一原理計算が不可能でした。これに対してFe/MgO/Fe構造は格子整合の良い結晶であり、しかも実験的にも実現できる可能性があったため、Fe/MgO/Fe構造を選んだと聞いています。このような理由からFe/MgO/Feの理論計算が行われた結果、巨大TMR効果が理論的に予言されたことは、セレンディピティの一種と言えます。2001年当時、日本国内でこのような理論計算を行った研究者は、残念ながらいませんでした。計算技術自体は特に難しいものではなく、むしろ「当たり前すぎる理論計算」とも言われていたと記憶しています。しかし、これは「コロンブスの卵」のようなものであり、当たり前すぎる計算を実際に行って、その結果を実験家に提示したことには、高く評価されるべきことだと思います。議論5 技術シーズを見極める目質問・コメント(小林 直人)5章「おわりに」に、「技術シーズの筋の良さ」が極めて重要であると言う興味深い指摘があります。そこで質問です。①本研究開発は「技術シーズの筋」が極めてよかったということは非常によく分かりますが、それは「偶々(たまたま)うまく行った」からだとは考えられないでしょうか。あるいは、最終ゴールまでたどり着いたものだけが、結果的に「技術シーズの筋が良かった」ということにはならないでしょうか。もしそうでないとすると、「技術シーズの筋の良さ」を予め見極める目、勘の良さやセンス(江崎玲於奈氏が言っているテイスト?)は、どのように養ったらよいでしょうか。②実際に技術シーズの筋がよいかどうかは、ある程度まで技術開発が進まないとわからないものだと思います。死の谷を乗り越えるためには、いくつものハードルを乗り越えなくてはいけませんが、そのそれぞれの段階で「技術シーズの筋の良さ」をどのように判断できるでしょうか。つまり技術開発を継続するか断念するかの「見極め」はどのように判断すればよいでしょうか。回答(湯浅 新治)ご質問の①と②について、まとめてお答えします。議論1のところでも簡単に述べましたが、実用化のために必要な多種多様な要求性能のうち、製品レベルでの信頼性や歩留まりなどの項目を満たせるかどうかは、本格研究の最終段階にならないと分かりません。したがって、本当に筋が良い技術かどうかは製品化にたどり着いてみないと分からない、と言うこともできます。しかし、逆に「かなり筋の悪い技術」については、研究開発の開始前、あるいは初期段階で判断できると思います。私自身は、たくさんある技術シーズの中で筋の悪い技術は早い段階でどんどん切り捨てるように心がけています。技術の筋の善し悪しを見抜くには、広い見地で多角的かつ論理的に事象を分析できるセンスが必要だと思います。これは、一つの事象を深く掘り下げる能力とは相反するものかもしれません。これら二つの能力の両方が本格研究の遂行には欠かせませんが、一人の研究者がその両方を持つことは難しいかもしれません。一つの事象を深く掘り下げる能力にたけた研究者の方が多数派で、広い見地で多角的に事象を分析できる研究者は少数派のように思われます。研究者が技術の筋のよしあしを判断するセンスに欠けている場合は、研究開発マネージャーがその部分を補完すべきと考えます。技術シーズの筋を判断するセンスをどのように養えばよいかは私にはよく分かりませんが、研究開発マネージャーになる人はそういうセンスを持っていて欲しい、というのが私からの希望です。

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