Vol.2 No.3 2009
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研究論文:スピントロニクス技術による不揮発エレクトロニクスの創成(湯浅ほか)−221−Synthesiology Vol.2 No.3(2009)(iv)破壊電圧が十分に高いこと、(v)製品レベルでの信頼性、などいろいろな要求を満たす必要があります。我々のこれまでの経験や知見の蓄積に基づいて、どの材料系が最も有望であるかを多角的に考察した結果、「結晶MgO以外は難しい」という結論を実験を開始する前に導き出しました。ただし、「MgOなら問題ない」ということでは決してありませんでした。研究開発の開始前に危惧された最大の問題は「生産プロセス適合性」でしたが、この点はキヤノンアネルバ(株)との共同研究でCoFeB/MgO/CoFeBが開発されたことにより解決されました。CoFeB/MgO/CoFeB開発の成功要因は、キヤノンアネルバ(株)の優秀なエンジニアの活躍によるところも大きいですが、セレンディピティの要素も大きかったと思います。また、製品レベルでの信頼性は、研究開発の最終段階にならないと判断がつかない問題ですが、研究開発の初期段階から「MgOの信頼性は高い」という感触は持っていました。これは、論理的な考察に基づいた結論ではなく、研究現場の人間だけが感じ取れる直感です。議論2 電力消費の低減質問・コメント(小林 直人)不揮発性メモリを開発することが究極のグリーンIT機器の実現に繋がるとの記述があります。確かに不揮発性メモリが実用化することによってメモリ動作に必要な電源電力の大幅な低減は実現されるでしょうが、一方で図1に書かれているような不揮発CPUの実現がないと全体での電力消費の低減は望めないと思います。そこで質問です。①現状でスピンRAMの実現で達成される消費電力低減と、将来不揮発CPUの実現によりさらに低減される消費電力の割合はどの程度になるでしょうか。②将来の不揮発CPUの実現には、スピンFETなどの実現が不可欠かと思われます。その分野の研究開発の展望はいかがでしょうか。回答(湯浅 新治)①DRAM・SRAMをMRAM・スピンRAMで置き換えるだけでは、消費電力の低減はあまり期待できません。ご指摘のとおり、抜本的な低消費電力化のためには、メモリの不揮発化とCPUの不揮発化をセットで実現する必要があります。その第一段階としてDRAM・SRAMの不揮発化がある訳ですが、これ自体のメリットとしては(i)近い将来訪れるSRAM・DRAMのスケーリング限界の打開、(ii)システムLSI中のメモリをスピンRAMだけで構成することによる高集積化と低価格化、などがあげられます。②スピンFETのような不揮発記憶機能を持ったスイッチング素子が実現されれば理想的ですが、既にある記憶素子(MTJ素子や強誘電メモリ素子など)とCMOSを組み合わせることでも不揮発性論理回路の設計が可能という意見もあります。いずれにせよ、CPUの不揮発化によるノーマリー・オフの実現は、相当な時間と投資を要する壮大なプランですので、20年スケールでの研究開発が必要と予想されます。質問・コメント(大蒔 和仁:東洋大学総合情報学部)特に「はじめに」において、ノーマリー・オフのコンピュータの基幹技術としてTMR技術が提案されています。今のコンピュータはキー入力で止まっているように見えますが、その間通信回線を覗いたり、表示装置の走査をしたり、たまには暗号化のアルゴリズムを計算していたり、と忙しく働いていて、必ずしも止まっているわけではないと思います。ノーマリー・オフのコンピュータについてアーキテクチャ上の若干の説明補強が必要と感じました。回答(湯浅 新治)私のデスクトップパソコンには液晶モニタ、HDD2台、DVDドライブ、LANケーブル、USBメモリが接続されており、ウィンドウズ上ではワープロソフト、インターネット・ブラウザ、メールソフト、プレゼン資料作成ソフト、表計算ソフトが同時に起動していますが、それでもCPU使用率をモニターすると通常1~4 %程度しか使われてお(2003)、他1件を受賞。本論文では、垂直磁化MTJ素子の開発、スピントルク磁化反転の研究、(株)東芝との共同研究開発を担当した。長浜 太郎(ながはま たろう)1999年3月京都大学大学院理学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員などを経て、2002年3月産業技術総合研究所に入所。これまでにスピントロニクスの基礎研究に従事。応用物理学会論文賞(2005)、日本応用磁気学会論文賞(2002)を受賞。本論文では、MTJ薄膜の作製と磁気抵抗効果の測定を担当した。鈴木 義茂(すずき よししげ)1984年3月筑波大学理工学研究科修士課程攻修了。1984年4月工業技術院電子技術総合研究所(現産業技術総合研究所)に入所。博士(工学)。エレクトロニクス部門スピントロニクス研究グループ長などを経て、2004年3月より大阪大学大学院基礎工学研究科 教授、産業技術総合研究所 客員研究員を兼務。これまでにスピントロニクスの基礎と応用の研究に従事。内閣総理大臣賞(産学官連携功労者)(2008)、応用物理学会論文賞(2005, 2007)、他2件を受賞。本論文では、スピントルク磁化反転およびスピン・ダイナミクスの測定・評価手法の開発を担当した。安藤 功兒(あんどう こうじ)1975年3月東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。1975年4月電子技術総合研究所(現産業技術総合研究所)に入所。工学博士。1984年11月エレクトロニクス研究部門 副研究部門長。これまでに磁気光学効果と磁性半導体を中心としたスピントロニクスの基礎と応用の研究に従事。応用物理学会フェロー表彰(2008)、日本応用磁気学会業績賞 (2007)、応用物理学会論文賞(2005)を受賞。本論文では、NEDOスピントロニクス不揮発性機能技術プロジェクトおよび(株)東芝との共同研究の責任者、全体構想の取りまとめを担当した。査読者との議論 議論1 ブレークスルーの達成質問・コメント(小林 直人:早稲田大学研究戦略センター)本研究開発は、①MgOを用いた巨大TMR効果の実現と、②CoFeB/MgO/CoFeBという極めて大きな2重のブレークスルーを達成することによって、短期間に実際に売れる商品の開発というアウトカムまで結びついた稀有な例であると思います。そのそれぞれのブレークスルーがなぜ達成できたのかは本文で概ね理解できましたが、その材料やプロセスの選択課程(他の材料やプロセスを排除した理由なども含めて)を(必要であれば研究開発体制を含めて)説明していただけますか。また有効なセレンディピティなどもあったのであれば、是非記述をお願いします。回答(湯浅 新治)成功要素の半分は狙って達成したもの、残りの半分は幸運(セレンディピティ)によるもの、という認識です。理論的にはMgO 以外にも有望な結晶性のトンネル障壁材料が幾つもあります。まず考えるべきことは、どの理論予測が正しいか(どの理論予測に賭けるべきか)、という問題です。さらに、実用化のためには、(i)厚さをnmまで薄くしてもピンホールが空かないこと、(ii)金属電極材料との界面で反応や原子拡散が起こらないこと、(iii)低温成膜で結晶化すること、

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