Vol.2 No.3 2009
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研究論文:スピントロニクス技術による不揮発エレクトロニクスの創成(湯浅ほか)−218−Synthesiology Vol.2 No.3(2009)め、同じ物理機構によって巨大TMR効果が発現する(図9の④)[13]。この薄膜作製法は、「下地層から上に向かって順番に結晶成長させる」という結晶成長の常識を覆す独創的な手法である。現在、このCoFeB/MgO/CoFeB構造のMTJ素子がスピントロニクス応用の主流技術となっており、これを用いた様々な研究開発が世界規模で精力的に進められている。その結果、現在までに室温で600 %に達する巨大なMR比が実現されている。ちなみに、キヤノンアネルバ(株)と共同研究を開始してからCoFeB/MgO/CoFeB-MTJ素子の開発に成功するまでに要した期間は、わずか1年弱であった。このことは、結晶MgOトンネル障壁の“素性の良さ”に依るところも大きいが、産総研と製造装置メーカーの組み合わせが第2種基礎研究を遂行するのに非常に適していることも証明している。3 アウトカムの創出3.1 超高密度HDD用のMgO-TMRヘッドの製品化産総研とキヤノンアネルバ(株)が共同で開発したCoFeB/MgO/CoFeB-MTJ素子と同社の製造装置は速やかにHDDメーカーの製品開発ラインに導入され、そこで製品開発に活用された(図10)。そこで精力的な製品開発が行われた結果、HDDメーカー各社は2007年にMgO-MTJ素子を用いた第二世代のTMRヘッド(MgO-TMRヘッド)の製品化に成功した。このMgO-TMRヘッドが第一世代のTMRヘッドに比べて格段に高性能であったため、最新の垂直記録媒体と組み合わせることで250 Gbit/inch2(従来の2倍)を超える超高密度HDDが実現された[15]。さらに将来的に1 Tbit/inch2の次々世代HDDまで開発が可能となった。このようなHDDの高記録密度化によって、現在主流の3.5インチHDDを2.5インチHDDで置き換えても、充分な大容量が得られるようになった。その結果、大容量HDDの市場でも近い将来2.5インチHDDが主流になると予想されている。1.1節で述べたように、2.5インチHDDの消費電力は3.5インチHDDの5分の1と小さいため、3.5インチHDDを2.5インチHDDに置き換えることによってHDD全体で大幅な消費電力の低減が可能となる。また、HDDはDRAMやCPUと並ぶ巨大な市場を持つ産業である(市場規模は約3兆円/年)。磁気ヘッドはHDDの中で最も値段の高い部品であり、磁気ヘッド市場だけでも、約6千億円/年という巨大な市場規模を持つ。現在生産されいるほぼ全てのHDDにMgO-TMRヘッドが搭載されており、このことが本研究成果の社会的なインパクトの大きさを最もよく表している。3.2 究極の不揮発メモリ“スピンRAM”の研究開発不揮発エレクトロニクスの中核技術となる大容量・高速・高信頼性を兼ね備えた究極の不揮発性メモリ「スピンRAM」の実現を目指して、産総研は(株)東芝などと共同でNEDOスピントロニクス不揮発性機能技術プロジェクトを遂行している。ここで、スピンRAMとは、「スピントルク磁化反転」という新しい物理現象を書き込み技術に用いたMRAMのことであり、従来の磁界書き込み型MRAMに比べて大容量化に適している。Gbit級の大容量スピンMRAMを実現するには、MgO-MTJ素子の巨大TMR効果による読出し出力の増大のほかに、スピントルク磁化反転による低電力書き込み技術の実用化が不可欠となる。スピントルクとは、MTJ素子に電流を流した際に伝導電子から磁性層の局在磁気モーメントにスピン角運動量が転移されることにより生ずるトルクのことであり、このスピントルクを用いることによって強磁性電極のスピンの向きの反転(つまり書き込み)が可能となる。スピントルク磁化反転は以前からGMR素子やAl-O障壁MTJ素子を用いて実現されていたが、磁化反転に必要な電流密度が非常に高かったため実用化は困難と考えられてきた。産総研では2005年にMgO-MTJ素子におけるスピントルク磁化反転を世界に先駆けて実現した[16][17]。さらに、産総研と大阪大学が共同で、スピントルクの定量的測定手法の開発 [18][19] や、スピントルクを用いた大出力マイクロ波発振の実証[20]にも成功している。また最近では、ソニー(株)や東北大学など多数の機関の精力的な研究開発によってスピントルク磁化反転の低電流化が進められている。現在、産総研はNEDOプロジェクトの支援のもと(株)東芝らと共同で、新規開発の“垂直磁化電極”と結晶MgOトンネル障壁を組み合わせた“垂直磁化MgO-MTJ素子”を用いて究極のスピンRAMの開発を進めている。現在進行中の産官学プロジェクトであり秘密事項も多いため、研究開発の詳細は割愛するが、すでに低電流かつ高速のスピントルク書き込みや優れたデータ保持特性などが実証されている。我々は、この垂直磁化MgO-MTJ素子を用いて究極の不揮発メモリの実現を目指し、長期的にはノーマリー・オフ電子機器による究極のグリーンIT機器の (a)250 ℃以上の熱処理により結晶化が開始アモルファス CoFeB配向性多結晶 MgO(001)アモルファス CoFeB配向性多結晶bcc CoFeB(001)配向性多結晶MgO(001)配向性多結晶bcc CoFeB(001)(b)図11 CoFeB/MgO/CoFeB−MTJ素子の構造

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