Vol.2 No.3 2009
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研究論文:スピントロニクス技術による不揮発エレクトロニクスの創成(湯浅ほか)−217−Synthesiology Vol.2 No.3(2009)ここで、この“実用的な下部構造”の上に、MgO-MTJ素子を作製できないという深刻な問題があった。その理由は、SyF型ピン層が(111)面配向した面心立方晶(fcc)を基本構造としているためである。fcc(111)構造は面内3回転対称の結晶構造を持つため、その上に結晶対称性が異なるMgO(001)層(面内4回転対称構造)を成長できない、という結晶成長上の根本的な問題があった。産総研では当初、「面内4回転対称を持つ下部構造を新たに開発すればよい」と考え、デバイスメーカーに対してMgO-MTJ素子技術の“売り込み”を行った。しかし、デバイスメーカーからの反応は、「下部構造の信頼性は、製品(HDDやMRAM)の信頼性に直結する。これまで約10年の研究開発の末にようやくSyF型ピン層という信頼性のある下部構造を開発したのだから、今さら新しい下部構造を開発することはできない(そんな余裕はない)」というものであった。確かに、製品化のためにはたくさんある要求を全て満たすことが必須となる。たとえ飛び抜けた性能を持つ新技術であっても、致命的な欠点が一つでもあると製品化にはたどり着けず、“死の谷”の中で文字どおり死ぬことになる。この点が本格研究を遂行する上での最難関であることは頭では分かっていたが、実際に経験してみて改めて実感させられた。この時点での“定石的な解決手段”は、(i)面内4回転対称構造の下部構造を力ずくで新規開発する、(ii)面内3回転対称のSyF型ピン層の上に作製可能な新しいトンネル障壁を開発する、の2つであったが、どちらの場合も少なくとも5~10年の開発期間を要するであろう難題である。さらに、デバイスメーカーの要求は、「すぐに開発・生産ラインに導入できるレベルの完成された技術」というものであったため、そのようなソリューションを産総研単独で開発することはほとんど不可能であった。このような状況下で、産総研は製造装置メーカーのキヤノンアネルバ(株)と共同研究を開始し、以下に述べる“画期的な解決策”を実現した。製造装置メーカーというと「製造装置を作っているだけ」と思われがちであるが、現在の製造装置メーカーは装置開発だけでなく、新材料や新デバイスの生産プロセス技術の開発という重責も担っている。本研究開発では、産総研の持つ優れた材料・デバイスの技術シーズと製造装置メーカーの持つ優れた製造プロセス技術・装置を統合することによって、上述の難題の解決を目指した(図10)。特に、同社の生産用スパッタ装置はHDD産業界における世界標準の製造装置であったため、同装置を用いて量産技術を開発できれば速やかにデバイスメーカーの生産ラインに技術移管することが可能となる。キヤノンアネルバ(株)との共同研究で、下部の強磁性電極にアモルファスCoFeB合金を用いると、その上に高品質の配向性多結晶MgO(001)トンネル障壁層を室温で成長できることを発見した(図11(a))[13]。この極めて特殊な結晶成長様式を用いたCoFeB/MgO/CoFeB構造のMTJ素子は、下部電極層がアモルファスであるために任意の下地層の上に作製することができ、しかも室温スパッタ成膜で作製できるために生産プロセス適合性と生産効率は理想的である。このCoFeB/MgO/CoFeB-MTJ素子を250℃以上の温度で熱処理すると、図11のように界面からアモルファスCoFeB層の結晶化が起こり、MgO(001)層との格子整合が良いbcc CoFeB(001)構造に結晶化する[14]。図11(b)の素子構造は、前述の単結晶MgO-MTJ素子や配向性多結晶MgO-MTJ素子と基本的に同じ構造であるた製品開発大学デバイスメーカー製造装置メーカー産総研第2種基礎研究産総研研研究用用MBE 装置置特特殊殊な単単結晶晶基板板新新材材料料・新新デデババイイススのの開開発発材材料料・デデババイイススのの基基本本技技術術デバイスメーカー量量産産技技術術製造装置メーカー製製造造装装置置第1種基礎研究ハードディスク不揮発メモリ単結晶 MgO-MTJ 素子 緊密な連携 NEDO-Pj量産技術の開発CoFeB/MgO/CoFeB構造のMTJ 素子大型シリコン基板生産用スパッタ装置1日1枚1日100枚“死の谷”図10 MgO-MTJ素子に関する本格研究
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