Vol.2 No.3 2009
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研究論文:スピントロニクス技術による不揮発エレクトロニクスの創成(湯浅ほか)−216−Synthesiology Vol.2 No.3(2009)ことになる(図7(b))。理想的なトンネル過程では、Fe(001)電極中のΔ1ブロッホ状態のみがMgO中のΔ1エヴァネッセント状態と結合することができるため、支配的なトンネル経路はFe-Δ1↔ MgO-Δ1↔Fe-Δ1となる。ここで注目すべきは、Fe(001)電極中のΔ1ブロッホ状態が非常に大きな正のMR比を生み出すことができる特殊な電子状態であるという点である。したがって、図7(b)のようにΔ1対称性を持った電子だけが選択的にMgOトンネル障壁を透過することにより、1000 %を超えるような巨大なMR比が理論的に期待される。なお、このような巨大なMR比の出現が理論的に期待されるのはbcc Fe(001)電極に限ったことではなく、FeやCoをベースにしたbcc構造の強磁性金属・合金の多くで、同様の巨大なMR比が理論的に予想される。2.2 MgOトンネル障壁の巨大TMR効果の実現2001年に出された結晶MgOトンネル障壁の巨大TMR効果の理論予測と前後して、実際に単結晶Fe(001)/MgO(001)/Fe(001)構造のMTJ素子を作製する試みが欧州の公的研究機関を中心に行われたが、不成功であった。従来のアモルファスAl-Oトンネル障壁を超える室温MR比は実現されなかったため、結晶MgOトンネル障壁に対する期待が失われていくとともに、巨大TMR効果の理論予測に対して懐疑的な見解も出されるようになった。このような状況下でも産総研では結晶MgOトンネル障壁の実験研究を続け、2004年に分子線エピタキシー(MBE)法を用いて高品質の単結晶Fe(001)/MgO(001)/Fe (001)-MTJ素子の作製に成功した(図8)[7][8]。この単結晶MgO-MTJ素子を用いて、2004年初頭にアモル ファスAl-O障壁を超える室温MR比を世界で初めて実現した(図9の①)[7]。この論文で、高い再現性や優れた電圧特性などの実用性も同時に実証されたため、結晶MgOトンネル障壁が大きく脚光を浴びる歴史的な転換点となった。産総研ではその後、結晶MgOトンネル障壁をさらに高品質化することにより、2004年の後半には室温で180 %というさらに巨大なMR比を実現した(図9の②)[8]。一方、この産総研の成果とほぼ同時期にIBMのParkinらは(001)結晶面が優先配向した多結晶(配向性多結晶)MgO(001)トンネル障壁を用いてMTJ素子をスパッタ法により作製し、室温で220 %のMR比を実現した(図9 の③)[9]。微視的に見れば配向性多結晶MTJ素子は単結晶MTJ素子と基本的に同じ構造であるため、同じ機構で巨大TMR効果が発現しているものと考えられる。このような結晶MgOトンネル障壁の非常に大きなTMR効果は、従来のTMR効果とは区別して「巨大TMR効果」(giant TMR effect)とも呼ばれている(著者らが命名)。なお、図9の①、 ②、 ③の成果(文献[7]-[9])は2007年ノーベル物理学賞の公式文書[1]の中でも紹介されており、歴史的な論文として世界的に認知されている。また産総研では、高品質の単結晶MgOトンネル障壁を用いて種々の第1種基礎研究を行い、巨大TMR効果以外にも、 MgO障壁の厚さに対するTMR効果の振動現象[8][10]や、トンネル電子が媒介する層間換結合[11]、複雑なスピン依存トンネルスペクトル[12]など、アモルファスAl-Oトンネル障壁では観測されたことのない新現象の観測に成功している。これらの現象の物理機構の理解が進めば、トンネル効果の物理のさらなる発展につながると期待される。2.3 結晶MgO-MTJ素子の量産技術の開発上述のように、産総研では2004年に巨大TMR効果の実現という画期的な第1種基礎研究の成果をあげたが、この時点ではまだ結晶MgO-MTJ素子の産業応用に対して懐疑的な見方が産業界では支配的だった。その主な理由は、産総研が開発した単結晶MgO-MTJ素子およびIBMが開発した配向性多結晶MgO-MTJ素子は、どちらもデバイス応用には適さない素子構造であったためである。HDD磁気ヘッドやMRAMへの応用では、「SyF型ピン層」と呼ばれる下部構造(図4(c))が必須となる(詳細は割愛)。2 nm Fe(001)単結晶電極Fe(001)単結晶電極MgO(001)単結晶トンネル障壁 : : : CoFeB / MgO / CoFeB-MTJ配向性多結晶 MgO-MTJ単結晶 MgO-MTJ結晶 MgO(001) 障壁Al-O 障壁アモルファス①文献[7]文献[2]④文献[13]③文献[9]②文献[8]5006004003002001000西暦 (年)室温 MR 比 (%)200520001995文献[3]図8 単結晶Fe/MgO/Fe−MTJ素子の断面の電子顕微鏡写真[8]図9 室温MR比の改善の歴史

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