Vol.2 No.3 2009
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研究論文:スピントロニクス技術による不揮発エレクトロニクスの創成(湯浅ほか)−215−Synthesiology Vol.2 No.3(2009)種基礎研究、製品化の順で紹介し、本格研究[4]をいかに遂行したかについて解説する。産総研エレクトロニクス研究部門スピントロニクスグループでは、産総研第2期について次の2つのアウトカムを掲げて研究開発を行った。(1)超高密度HDDのための次世代磁気ヘッドの実用化HDDの超高密度化・小型化による消費電力の低減を実現するために、200 Gbit/inch2を超える超高密度HDD用の次世代磁気ヘッドの実用化を目指す。(2)究極の不揮発メモリ(スピンRAM)の基本技術の開発不揮発エレクトロニクスの中核技術となる大容量・高速・高信頼性を兼ね備えた究極の不揮発性メモリ“スピンRAM”の基本技術を開発する。これら2つのアウトカムを創出するために、(i)画期的な高性能MTJ素子の開発と(ii)その量産技術の開発の2つが研究開発目標となる。2 要素技術の開発2.1 酸化マグネシウム(MgO)トンネル障壁のTMR効果の理論本節では、TMR効果の物理理論について説明する。体心立方晶(bcc) Feの(001)結晶面と酸化マグネシウム(MgO)の(001)結晶面は結晶格子の整合性が良いため、高品質なFe(001)/MgO(001)/Fe(001)構造の全単結晶MTJ薄膜が実験的に作製可能である。FeやCoを主成分とする合金のbcc(001)電極層とMgO(001)トンネル障壁の組み合わせでも、同様に高品質の単結晶MTJ薄膜の作製が可能である。2001年にButlerら[5]とMathonら[6]は、Fe(001)/MgO(001)/Fe(001)構造の単結晶MTJ素子に関する第一原理の理論計算を行い、1000 %を超える巨大なMR比が理論的に期待できることを示した。この巨大TMR効果の物理機構は、以下に述べるように従来のアモルファスAl-Oトンネル障壁の場合とは異なるものである。従来のアモルファスAl-Oトンネル障壁および結晶MgO(001)トンネル障壁中の電子のトンネル過程の違いを図7に模式的に示す。強磁性電極中には種々の波動関数の対称性を持った伝導電子の状態(ブロッホ状態という)が存在する。アモルファスAl-Oトンネル障壁の場合、障壁中では原子配列の対称性が崩れているため、電極中の種々のブロッホ状態が混ざり合ってトンネル伝導してしまう(図7(a))。電極中の各ブロッホ状態は、その軌道対称性に依存して正や負のMR比を生じる。アモルファスAl-O障壁では、これらのブロッホ状態が混ざり合って全てトンネル伝導してしまうため、各ブロッホ状態のMR比の平均値(つまりMTJ素子のMR比)は大きな値にはならず、室温で70 %を大きく超えるMR比は得られない。一方、トンネル障壁を結晶性のMgO(001)にすると、全く違った特性が理論的に予想される。図7(b)は、単結晶MTJ素子のトンネル過程を模式的に示したものである。トンネル電子は自由電子と仮定されることが多いが、実際の絶縁体トンネル障壁のバンドギャップ中に存在する電子の浸み出し状態(エヴァネッセント状態という)は特有の軌道対称性と特有のバンド分散を持っており、自由電子とは性質が大きく異なる。MgO(001)バンドギャップ内には、Δ1(spd混成の高対称状態)、 Δ5(pd混成状態)、 Δ2’(d電子的な低対称状態)という3種類のエヴァネッセント状態が存在する。これらの状態のトンネル障壁中での状態密度の減衰率は各状態の軌道対称性に大きく依存し、Δ1エヴァネッセント状態は、トンネル障壁中での状態密度の減衰が最も緩やかである(つまり減衰距離が長い)。したがって、このΔ1状態を介してトンネル電流が支配的に流れる Δ1Δ1Δ1Δ5Δ2 Fe(001)Fe(001)Δ1 Δ5Δ2 Fe(001)(a)結晶性のMgO(001)アモルファスのAl-O(b)図7 電子のトンネル伝導の模式図。(a)アモルファスAl−Oトンネル障壁の場合、(b)結晶MgO(001)トンネル障壁の場合 (a)(b)(c)orビット線CMOSワード線ワード線MTJ 素子CMOSn+p n+ ワード線ビット線MTJ素子or“1”AP状態P状態MTJ素子ビット線“0”書込線図6 不揮発性メモリMRAMの(a)概略図、(b)回路図、(c)断面図
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