Vol.2 No.3 2009
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研究論文:2タイプのリード・ユーザーによる先端技術の家庭への導入モデルの提案(久保ほか)−207−Synthesiology Vol.2 No.3(2009)の補完システムは、その時代の社会トレンドのもと、家庭のユーザーが受ける技術の便益を最大化するように設計されなければならない。先端技術そのものを開発するのは大企業を中心とするメーカーである。しかし、技術の専門家だけで先端技術を「使うための」システムのデザインを担当するのには限界がある。吉川らが指摘するように、技術の専門家が熱力学や表面科学や流動学などの目玉焼きに関与する知識を総動員しても、おいしい目玉焼きができるとは限らない[11]。本研究が対象としたIH調理システムの事例においては、企業とは独立した「料理の科学化」を志向する調理の専門家が調理のノウハウを先端技術と融合させ、自宅の台所を実験室とすることによってIHを「使うための」調理システムが創出されている。この事実は、技術の専門家とともに料理研究家という調理の実践家がいれば、両者が協力しておいしい目玉焼きを作るためのレシピができることを示唆する。また、調理の専門家が企業とは独立した存在であることの重要性も示唆される。IHの他にも圧力鍋や無水鍋などは、調理の専門家による情報提供が多く行われたことによって一般家庭で活用されるようになった。すなわち、企業が開発する先端技術を家庭で活用するためには、技術を「使う」ことを専門とする多様なリード・ユーザーの自律的参画が必要になる。現在、科学技術と産業をつなぐ産学連携の重要性は深く認識されている。しかし、本研究の分析からは、ロボットなどの先端技術の家庭への導入について、技術を「使う」ためには産学に加えて多様なリード・ユーザーによって構成される社会ネットワークの構築が必要であることがわかる。本研究で提案するモデルは、産業を中心とした社会の生産活動に、家庭の生活者がその実践的知識を活用して柔軟に参加する可能性を示しており、どのように社会的イノベーションを促進するかという観点から新しい研究課題になることが期待される。謝辞本研究を遂行するにあたり、調理知識の伝授から貴重な資料の提供まで多方面で支援していただいた株式会社トワ・スールの料理研究家脇 雅世氏、加藤修司氏、多くの方々へのヒアリングのきっかけを提供していただいたフライングソーサーの清水三樹氏、清水智寿子氏、メディア情報の収集に協力していただいた東京電力株式会社の北 勝氏、森尻謙一氏、水谷知裕氏、IH開発に関する情報を提供していただいたパナソニック株式会社の荻野芳生氏、スパチュラに関する情報を提供していただいた河西広美氏、その他ヒアリングにご協力くださった方々に対し感謝の意を表します。また、本研究に貴重なご助言をいただきました青山学院女子短期大学元学長の阿部幸子氏、査読の労をとられた赤松幹之、内藤 耕の両氏に対して感謝の意を表します。注1)キーボードの文字配列の決定には、大規模メーカーのトラストによる特許障壁の形成における新規参入の阻止という企業戦略が決定的な役割を果たしたという有力な反論が最近提出されている[12]。注2)メディア情報は次のように決定した。書籍については、国立国会図書館書誌データベースにおいてタイトルに「IH」含む書籍を抽出した中から、IHクッキングヒーターを用いた調理を掲載する書籍を目視によって抽出した。雑誌については、『雑誌・新聞総カタログ2008』の「料理・栄養」部門と「女性誌」部門において、対象年齢が30歳以上の中で発行部数が5位以内の雑誌を抽出し、IHクッキングヒーターに情報発信の最も多い2005年と2006年について、IHクッキングヒーターを用いた調理記事を掲載する雑誌を目視によって抽出した。テレビCMについては、東京電力と関西電力のオール電化のCMを抽出した。注3)写真が複数でも、目的の料理が同じであれば1つのデータとみなし、1つの写真・テレビCMであっても、目的の料理が異なれば異なるデータとみなす。また、雑誌は広告と本編に分け、料理雑誌の広告とファッション雑誌の広告は性質が類似するため、合わせて「広告」と分類する。注4)広告が発信するIH調理は、書籍や雑誌と異なり、グリルを利用した調理が取り上げられることが多い。IHをグリル対応に利用できないため当初は「IHクッキングヒーターでは魚が焼けない」など否定的意見が多くあった。IHクッキングヒーターに含まれるグリルはIHではなく電熱線を熱源に採用している。広告では、新しい調理道具を用いた調理が一度も紹介されていないため、グラフでの表示は0になっている。注5)Wは自身のキッチンで木べら2本でかきまぜる調理法について実験を行い、2本のへらの間に米粒が挟まりつぶれてくっつく欠点に気づいた。その欠点の改善のために、木べらに替えてフライ返し2本を用いることを試すが、フライ返しは通常、先端のラインが持ち手に対して直角ではなく、両手に持つと2本の先端のラインが一致せず交差してしまうため、食材を持ち上げることができない。そこで、フライ返しに替えてシリコン樹脂製のスパチュラを使用すると、問題なくかきまぜ作業ができることを発見した。注6)真空技術のエンジニアだった経験からシリコン樹脂の高い機能を知っていた輸入業者Kによって、日本で初めてスパチュラの輸入販売が開始された。同社においては、最初の3~4年、製品は全く売れなかったが、2004年頃より製品需要が盛り上がり、同年の売り上げは前年の2.7倍と急増した。注7)セレクトショップとは、製造メーカーを限定せず、販売員が選定した商品を販売する商店である。フライングソーサーは業務用調理機器の卸し業を営んでいたが、2001年3月30日から一般家庭向けの業務を開始し、それまで主婦であったSが店長になる。注8)開発者である同氏は、IHでのフライパン調理に最適なスパチュラの形状を追及し、研究結果をもとに株式会社貝印と協働で設計・開発したスパチュラが、2008年12月に発表された。注9)2006年10月公開の東京電力のWebコンテンツの中には、著名な中華料理シェフの陳建一氏がフライングソーサーのオリジナルスパチュラを両手に持ってチャーハンをかき混ぜる姿が含まれる。(http://www.tepco-switch.com/others/ad/index-j.html)注10)IHでは、コンロ内のコイルに電流を流すと鍋そのものが発熱し、中の食材に熱を与えるようになっている。ここで、鍋の金属の抵抗値のばらつきを無視すれば、入力する電力と出力としての鍋の発熱量は、常に一定の関係式を持つ。さらに食材の質のばらつきを無視すれば、入力する電力と食材の変性も、一定の関係を持つ。ガスの場合は、鍋内の温度を決定する要因は複雑であった[13]-[15]。

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