Vol.2 No.3 2009
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研究論文:2タイプのリード・ユーザーによる先端技術の家庭への導入モデルの提案(久保ほか)−206−Synthesiology Vol.2 No.3(2009)して進んで提案をする。彼らは、電気事業者の支援を受け、その提案を書籍、雑誌等のメディアを通じて家庭へと発信し、積極的に調理法の開発と普及に乗り出している。次に、2種類のリード・ユーザーに対してそのインセンティブを考察する。まず、調理法の開発を担当するリード・ユーザーにおいては、IHの機能に対する論理的な好奇心と合理的な調理の探求がインセンティブとして働いている。彼らは、IHはユーザーが入力する電力の値と出力としての鍋内の温度変化に再現性があることや鍋内の温度を一定に保てることに着目し、その性能を調理に活かすための実験の過程で、IHでは鍋底が高温になることを活かした新しい調理法を発見した。開発者はIHという技術の中身にも好奇心を持ち、「調理の科学化」という観点からIHにアプローチしており、そのインセンティブには営利目的を越えた知的社会インフラの形成という側面がある注10)。開発された新しい調理法は、ファッション誌の調理記事によって率先的に発信したが、調理法を発見してから4年後のことである。一方、普及を牽引したリード・ユーザーのインセンティブをみると、紹介したセレクトショップの発想には、社会トレンドに対する感性的な直観力が認められる。彼らが直観的に開発した7色展開のスパチュラは、「男性でも使いやすい色」、「自分の家の台所の色に合わせられる色」とファッション誌の調理とは関係のない雑貨特集で評価を受ける。このようなリード・ユーザーは、電気事業者や家電メーカーと組織的には独立している。しかし、その調理法がメディアを通じて一般家庭へと発信される2004年から2006年という期間が、電気事業者によるIH普及促進の時期と重なっていることは偶然ではない。事実、典型的な普及主体であるセレクトショップは、販売促進という目的において、オール電化を推進する電気事業者と利害を共有する。このような背景によって新しい調理法は、銀座という繁華街のショーウィンドーを通じて、またWebコンテンツを通じて強力に一般家庭へ発信された。以上の分析から、多様なリード・ユーザーによる先端技術の家庭への導入について、図4に示すモデルを本研究では提案する。大手家電メーカーによって開発されたIHを家庭に導入する際には、IHに付随する調理法の存在が大きな役割を果たす。IH の技術的可能性を引き出す調理法を開発するのは、技術と調理に対する専門知識を持つ料理研究家Wのような「論理的リード・ユーザー」であり、調理のためにIHの機能性を最大限に引き出すことを目的とする。一方、新しい調理法の普及に貢献するのは、製品に関連する社会トレンドに対して卓越した直観力を持つセレクトショップのSやCのような「感性的リード・ユーザー」である。メーカーによる先端技術にIHの機能性を追求した調理システムが組み合わされることのみでは、かならずしも一般家庭へ商品訴求力は生まれず、家庭への普及をもたらさない。一方、技術内容に対する理解に欠ける感性的リード・ユーザーの提案する調理システムには、社会トレンドを捉えた魅力が生まれ、メディアによる発信を通じて調理システムの家庭への導入を促進する。このように、柔軟に連携する多様なリード・ユーザーがIHイノベーションの進展に貢献してきた。7 考察先端技術を家庭に導入するためには、技術内容を理解しない一般ユーザーに対して、適切な製品利用を可能にする必要がある。本研究が示したように、企業が開発したIHクッキングヒーターだけでは、ユーザーは上手く炒め物ができない。そこで、論理的リード・ユーザーによって新しい調理法が開発され、IHの機能を活かした調理のための補完要素が準備されて初めて一般ユーザーはIHを家庭で利用する。さらに、ユーザーは「スパチュラの色展開」など社会トレンドに沿った調理システムの一要因に引き寄せられ、それまで調理に強い関心を持っていなかった人々にまで、IHが普及していく可能性を本研究は示唆する。ユーザーが先端技術の持つ潜在力を意識することなくIHが普及していく現実を、どう評価すれば良いであろうか。 まず、先端技術を家庭に普及することは容易ではない。家庭用ロボットのケースが示唆するように、先端技術が画期的な機能を実現するとしても、優れた機能性のみでは製品の家庭への導入は保証されない。将来性がある製品を家庭に導入するためには、技術を家庭で利用するための一連の補完システムの整備が必要になる。本論文で検討してきたように、IHをどのように家庭で使用するか、IH調理システムに対する安全性、また環境性(エネルギー効率)からの評価が必要なように、先端技術を「使うための」システムについて検討すべき課題も極めて多様である。Apple社の商品開発等に注目するデザイン・インスパイアード・イノベーション・モデルが、使い手に喜びを与えるデザインが製品の成功を導くと主張するように[10]、製品に対する利用者の視点も無視できない要素である。技術を家庭で利用するため図4 多様なリード・ユーザーによる先端技術の家庭への導入モデル技術開発者技術開発者技術開発者技術開発者直接的には届かない家庭家庭論理的リードユーザー感性的リードユーザー

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