Vol.2 No.3 2009
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研究論文:2タイプのリード・ユーザーによる先端技術の家庭への導入モデルの提案(久保ほか)−204−Synthesiology Vol.2 No.3(2009)加熱調理に化学素材製のスパチュラ(へら)を用いるという調理法はなかったが、Wは、取引のあった輸入業者Kからサンプル提供されたシリコン樹脂製スパチュラに耐熱性があることを確認していたため、木べらやフライ返しに替わる調理道具としてスパチュラを試すことができた注6)。しかしWは既成のスパチュラに満足せず、IH調理に最適な構造を持つスパチュラの研究を続け、成果として台所用品の製造を手がける貝印と共同で開発した製品は、2008年に商品発表され、2009年4月に一般向けに販売する。第三に、IH技術、また、調理法に専門知識を持たないビジネス参入者も重要な役割を果たしている。「電気を通じて新しいライフスタイルを提案する」というコンセプトのスウィッチ・ザ・デザイン・プロジェクトを推進する東京電力は、銀座TEPCO館にIH対応のセレクトショップの開設を企画し、一般の主婦の意見も採り入れて店舗を選択した結果、フライングソーサー社が2005年10月にそこで活動を開始した注7)。同社は、主婦であったSに店長を担当させ、既存品だけでなくオリジナル調理道具も開発しており、Sの友人の料理メディアのスタイリストCが新しいアイデアの提案を担当した。フライングソーサー社は既に2004年にシリコン樹脂製スパチュラの開発に取り組んでおり、既に他店でも販売していた赤・黄・青に、黒・紺・緑・茶色を加えた7色のラインアップを立ち上げた。次に、スパチュラを使った調理法の社会への普及プロセスを見てみる。第一に、開発者Wの経緯からみれば、当初は調理法の一般への公開は意図されていなかったことがわかる。スパチュラを両手に持つ調理法が一般に紹介されたのは、前述したように2004年のファッション誌の調理記事におけるIHでの炒め物の記事であった。2006年にWが出版したIH向け料理本での炒め物のページでは、各手にスパチュラと木べらを持つ調理法が紹介されている。スパチュラ2本が最適ではあるが、スパチュラを2本持たない読者でも対応できるように配慮して、1本は木べらに変えて紹介した注8)。前述のWが開発したIH調理向けのスパチュラが、初めてメディアを通じて発表されるのは2008年12月である。第二に、フライングソーサー社は、発売当初から積極的にシリコン樹脂製スパチュラをメディアを通じて紹介した。本研究での時系列分析の対象としたような調理記事ではなく、IH調理とは関係のないファッション誌の雑貨の記事において多く採り上げられており、7色のラインアップに注目が集まり「男性が調理をするときにも使いやすい色」、「居心地のよい台所にするために、キッチンの内装に合わせられる色」などと紹介された。同社は、東京電力との連携に合わせてIH対応の自社製中華鍋を開発したが、そこでスパチュラをセットで見せる販売促進を行った。当時、スパチュラはIH調理を意識した商品ではなかったため、IH対応の調理道具とスパチュラが組み合わされたのは半ば偶然である。同社がIH調理とシリコン樹脂製スパチュラの補完性を思いついたのは、当時放送中であった木べら2本による東京電力のCMシーンを確認したことによる。銀座の店舗の店頭を飾る中華鍋には、赤いスパチュラが1本乗せられ、店舗紹介の小冊子では中華鍋に両手に紺色と茶色のスパチュラを持ってかきまぜている写真が掲載されている。また東京電力のWebコマーシャルでは著名なシェフが同社の中華鍋と赤いスパチュラを用いてチャーハンを作っている注9)。※1 テレビCMについては2002~03年は調査対象外。※2 新しい調理方には、スパチュラ2本の調理法の他、その成立過程にある木べら2本、スパチュラ1本の調理法も含む。新しい調理法による調理の数 ※2IHによるフライパンの炒め物の調理の総数テレビC雑誌広告ファッション雑誌調理雑誌調理書籍新しい調理法による調理[件][年]200820072006200520042003 ※12002 ※1109876543210Mba0000090000000100000000000003007000130011227700011636340013010093011図2 メディアによって発信されるIH調理に用いられる新しい調理法の変遷
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