Vol.2 No.3 2009
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研究論文:2タイプのリード・ユーザーによる先端技術の家庭への導入モデルの提案(久保ほか)−203−Synthesiology Vol.2 No.3(2009)体的には、調理法の開発と普及に貢献した関係者をメディア情報から抽出し、その関係者を対象に、2008年5月から11月にかけてヒアリング調査を実施した。本研究のヒアリングに関する情報を付録Bに記す。4 メディアで発信されたIHを利用した調理法の時系列分析メディアを通じて発信されたIHを利用した調理の中で、図1の写真が示すような両手でシリコン樹脂製スパチュラを持って炒める調理法が2004年に初めて紹介される。この調理法の新規性は以下のとおりである。第一に、従来から加熱調理に用いられてきた玉杓子、木べら、菜ばし、フライ返しなどではなく、シリコン樹脂製スパチュラを使用することである。シリコン樹脂製スパチュラ(以下、スパチュラ)とは古くからあるゴムべらの素材をシリコン樹脂にした「へら」であり、日本においては1999年に輸入販売が開始された。しかし、同時期にはスパチュラの日本での認知は極めて低いものであった。ゴムべらは加熱調理に使用できず菓子作りに使用されたが、スパチュラはシリコン樹脂を使用しているために300 ℃程度までの耐熱性があり加熱調理に十分耐え得る。しかも、IH調理では鍋底が高温になるために炒め物は鍋底で調理され、その際、鍋底に張り付いた食材をこそぎ取るためにスパチュラが活躍する機会がある。第二に、新しい調理の仕方として、食材を扱うための道具を両手で操作する方法が現れた。ガスを用いた炒め物では、最も高温になるフライパンの鍋肌に食材をあてるために鍋をあおっていた。それに対しIHでは、高温になるのは鍋底なので鍋をあおる必要はなく、道具2本で食材を持ち上げながらかきまぜる方法が用いられる。IH調理では、鍋類は熱源から離すと加熱できないため、鍋類を固定しており、鍋類に手を添えることは少ない。図2に示すように、前述の2004年における新しい調理法の紹介はファッション誌で行われ、後述するIH調理を研究する料理研究家Wが紹介した。書籍と料理雑誌においては、2006年に初めてスパチュラを用いた調理法が紹介され、後者においては増加傾向がみられる。全体としては、スパチュラ2本の調理法の成立過程にある木べら2本、スパチュラ1本の調理法を含めても新しい調理法の占める割合は3割程度であって優勢とはいえないが、社会的に認識される水準にある。対照的に、メーカーによる雑誌広告においては、IHに不適切であるという認識の強い調理に対して正しい技術的な情報を提供する意図が強く、新しい調理法が紹介されることは全くなかった注4)。このように、新しい調理法は、IHクッキングヒーターを供給する企業からよりも、料理研究家を中心とするリード・ユーザーから情報発信されるファッション誌が主導して、IHの潜在的利用者に向けて広く発信されている。テレビCMでは、東京電力によるオール電化の販売促進のテレビCMシリーズが2004年10月に開始され、その1編で2006年1月より放映されたCMに木べら2本でかき混ぜるシーンがあった。5 両手にシリコン樹脂製スパチュラを持って炒める調理法の開発と普及調理法の開発に関しての聞き取り調査の結果を以下にまとめる。第一に、両手にスパチュラを持つ調理法の開発に関して、電気事業者が重要な役割を果たす。東京電力は、1999年に銀座TEPCO館の料理教室で有名料理人による調理デモを開始した。そこでは、プロの料理人がその高い専門能力を駆使して新熱源に対応した調理をすることの期待から、IHレシピの作成のために調理内容の測定・記録を行った。有名中華料理店のシェフYがチャーハンを作った際に両手に木べらを持って炒めたのを、調理デモに立ちあった料理教室コーディネーターNが観察し、IHでは鍋を持ち上げると熱が発生しないので「あおれない」という中華料理に関する批判に対し、この炒め方をこれまでと異なる新しい「IH調理法」と位置づけた。2006年1月に放映された東京電力のCMでは、IH料理教室で少年が炒飯作りに挑戦し、木べら2本でかき混ぜるシーンがあった。第二に、IH調理を本格的に研究する料理研究家も大きな役割を果たした。料理研究家Wは2000年に自身の料理教室をリフォームして熱源をIHにし、研究対象をIH調理とした。前述のNとは頻繁に情報交換を行い、チャーハンをIHでどのように作るかというテーマについて、木べら2本でかきまぜる調理法をNより知った。すぐにWは木べら2本の調理法では木べらにチャーハンの米がくっつく問題点に気づき、その改良のための実験から、スパチュラを両手に持つ調理法が最適であることを発見した注5)。当時、図1 両手にスパチュラを持つ調理法
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