Vol.2 No.3 2009
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研究論文:2タイプのリード・ユーザーによる先端技術の家庭への導入モデルの提案(久保ほか)−202−Synthesiology Vol.2 No.3(2009)ザイン[1])を模索する動きが続いている。 従来、先端技術は主として大企業によって開発され、市場メカニズムを経由して家庭に普及した。しかし、先端技術が導入される際には、解決すべき難しい問題が発生することが多い。熱源が開発されても、上述したように道具、技能、レシピなどの補完的要素が必要になる[2]。その際、製造業がIHを開発するのに加えて、様々な立場からIHの開発や普及に強い関心をもつユーザー(リード・ユーザー[3])達が補完的技術を開発し、技術の家庭への普及を推進する。本論文はこの事実に着目し、IHという先端技術を家庭に導入するプロセスで、多様なリード・ユーザーがそれぞれどのような役割を果たして先端技術の導入を促進したのかを調査分析する。具体的には、第一に、調理システムを構成する要素のそれぞれがどのような経路によって家庭に伝達され、IH調理システムとして普及されたかについて、調理法の変化をメディア情報の時系列分析によって明らかにする。第二に、IHの普及を契機として登場した調理法として、フライパンを固定し「両手でシリコン樹脂製スパチュラを持って炒める」調理法に着目し、それが誰によってどのように開発されどのように普及したか事例分析する。以上の分析に基づき、家庭に先端技術が導入されるときの多様なリード・ユーザーの果たす役割に注目したモデルを本論文では提案する。さらに、先端技術を家庭に導入する際に、社会的観点からその技術的可能性を最大限に引き出すためには何が必要になるかを考察する。2 既存研究人間は生活に必要な機能を実現するために、歴史的に様々な人工物を開発してきた。社会は生み出された人工物を評価して、性能と価格が優れた人工物を選択する。加えて、一部のリード・ユーザーは既存の人工物に対して積極的に対応し、それぞれの観点から修正を加え、再設計した人工物を社会に提案する[3]。人工物の進化とそのメカニズムに関しては、工学また経済学・経営学から一連の研究が存在する[4]-[8]。以下に、どのような経緯で「フォークの歯が4本になった」のかを明らかにしたペトロウスキ[6]、また、なぜ、タイプライターの「キーボード配列が左上からQWERTYとなった」のかを分析したデビッド[9]を紹介する。先ず、フォークの場合、現在の形状では使い難いという意味の失敗から既存製品が改良される。人間は食べ物を切り裂いて口に入れるとき、先史時代は手と歯でそれを行っていたが、ナイフを発明すると最初はナイフを1本使用し、後に2本使用するようになる。1本は食べ物を押えて口に運ぶためにあり、もう1本は食べ物を切るためにあり、食べ物を押さえて口に運ぶ方のナイフは、スプーン、2本歯のフォーク、3本歯のフォーク、現在の4本歯のフォークへと、先行する物の使用時の欠点を改良しながら進化する。何を欠点とみなすかは人によって、状況によって異なり完璧なものは存在しないが、複数の人間がともに食事をする際のマナーや、行儀作法の本との相互作用によって社会への普及が決まる。このプロセスが繰り返されることによって、フォークの形状は連続的に進化した。ユーザーがフォークの進化について重要な役割を果たしている。キーボードの場合、その文字配列の決定に関しては、開発を主導する製造メーカーに加え、タイピングするユーザー、またタイピング教育を行う専門学校の意向が影響した。1860年代後半に初めて実用化したタイプライターのキーボード配列は、左からABCDとアルファベット順に配列されていたが、その後製造メーカーごとに様々な配列を採用するようになる。異なる配列が混在する時期から、タイピングの速さを競うユーザー間の競争が起こり、速度を競うコンテストや、速記法を教えるタイピング専門学校が出現する。そこではキーボードを見ずに配列を記憶して打つタッチタイピングが基本となり、一度覚えた配列が変化することには誰もが否定的であったため、最終的には最も多くの人が慣れていた現在の配列が残ることになった。すなわちコンテストや専門学校のようなユーザーコミュニティの利益を反映して文字配列は選択され、その決定に関しては、市場メカニズムを越えた外部効果が働いている注1)。3 本調査の枠組み本論文が分析対象とするIH調理システムは、熱源であるIHだけでなく、IHを用いて調理をするための多様な補完的要素によって構成される。本研究では、このIH調理システムが、誰によってどのように開発され普及したかを明らかにするために次のような調査を実施した。第一に、IH調理法に関するメディア情報(書籍、料理雑誌、ファッション雑誌、テレビCM)を収集してデータベースを構築し、時系列変化を分析した注2)。具体的には、2002年から08年にかけてIHを用いた新しい調理法がどのようにメディアにおいて発信されたか、対象をフライパンによる炒め物に限定し、IH調理の写真(書籍267件、料理雑誌57件、ファッション雑誌52件、雑誌広告64件)と、IH調理を含むテレビCM (31件)に関する時系列分析を行った注3)。本研究のメディア調査に関する情報を付録Aに記す。第二に、IHの導入を契機として現れた調理法に対して、それが誰によってどのように発案され、どのような理由から普及するに至ったかについてヒアリング調査を行った。具
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