Vol.2 No.2 2009
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研究論文:PAN系炭素繊維のイノベーションモデル(中村ほか)−167−Synthesiology Vol.2 No.2(2009)ト」の確立がキー・シナリオとなり、これらを研究組織(研究開発の実行側)と行政機関(研究開発政策の企画)が、適切に理解・運用することが重要と結論される。このモデルを踏まえマネージメントには、「研究者の研究テーマの設定時の動機付け」、「研究の進捗状況を踏まえ社会価値とのマッチングを図った結果としての研究テーマ及び体制の見直し」、「社会価値向上または創造のための技術移転や関係委員会活動」などが求められる。また、これらの有機的連携、とりわけ研究の進展に伴い研究者サイドの研究テーマの再設定とマネージメントサイドの同期の取れた共同作業が強く望まれる。なお、本モデルはStephan J. Klineの連鎖モデル[13]と類似の特徴を備えているが、Klineモデルが現象論的なモデルであるのに対し、励振モデルは主としてイノベーションを創出するマネージメントモデルである。この点は本論で我々が特に重視しているところであり、今後のイノベーションを創出するためには、何よりマネージメントの役割が重要であり、その指針を作るモデルとして本モデルが有効であるとの認識である。謝辞本論をまとめるに当たって、PAN系炭素繊維の生みの親である進藤昭男博士へのインタビュー結果は、論文や特許には現れない情報源として役立たせていただきました。進藤博士の共同研究者としての中西洋一郎博士、澤田吉裕博士からはインタビューにより研究業務行為についての認識と実体についてきめ細かな情報を得ました。炭素繊維の研究に取り掛かる曙期の共同研究者である藤井禄郎博士からは、インタビューにより彼の興味や好奇心との重ね合わせからの見解を教わりました。松尾寛二博士と荻野勲元主任研究官からは、インタビューにより当時の研究環境の状況や研究者の日常行動について教わりました。本論は、上記の人たちから得た情報に加え、大谷和男博士をはじめ関わりのある現産総研職員からの情報を重ね合わせてできたものです。用語:参考資料PAN系炭素繊維は、進藤博士らが製造の基本原理を発見、特許化した。東レ㈱がライセンス許諾を受け、産官連携として長期の研究開発を行った。世界の有力企業が参入・挑戦を行ったが高性能炭素繊維市場において日本企業(東レ、東邦テナックス、三菱レイヨン)が世界シェアの80 %を占め、世界を制覇しているといえる。その理由として、①欧米企業は技術革新競争で脱落②長期間に亘る研究開発投資を継続③日本政府からの継続的な研究開発支援があげられる。(吉永稔(炭素繊維協会)、「日本がリードする21世紀の革新素材 ― 低炭素社会に貢献する炭素繊維 ―」、総合科学技術会議(第80回)配布資料4-1(2009.4.21)より引用)。「経常研究」と「特別研究」:旧工業技術院で実施された研究は大別して、基礎的な「経常研究」と、通産行政上必要な研究または大規模な研究である「特別研究」に分けられる。工業技術院研究管理基本要綱に基づき、これら研究のテーマ選定、計画の立案、予算の配分、成果の管理は各所長の裁量に委ねられていた。石井正道:独創的な商品開発を担う研究者・技術者の研究, 文科省科学技術政策研究所 (2005).進藤昭男:炭素繊維の研究開発, 近畿化学工業界, 611, 5-8 (2004). (財)日本産業技術振興協会:平成18年度 工業技術院ホームラン特許の調査・分析評価報告 (2007).進藤昭男:炭素繊維の研究Ⅰ 熱処理に伴う結晶子の成長,大阪工業技術試験所季報,12(2), 110-118 (1961).進藤昭男、藤井禄郎、仙石正:特公昭37-4405「アクリルニトリル系合成高分子物より炭素製品を製造する方法」 (1959).進藤昭男、藤井禄郎、高橋輝、仙石正:黒鉛繊維の研究(第1報)熱処理に伴う結晶子の成長, 化学関係学協会連合秋季発表会 (1959).「新しい炭素材料―黒鉛繊維の製造―」大工試ニュース 3 (11), (1959).Akio Shindo:Studies on graphite fibre, 大阪工業技術試験所報告第317号 (1961). 大阪工業技術試験所:昭和34年度大阪工業技術試験所年報 (1959).日刊工業新聞 昭和34年5月29日 16面 (1959).大阪工業技術試験所:大阪工業技術試験所50年史 (1968).R.K.Lester and M.J.Piore: Innovation―the missing dimension, Harvard University Press (2004). 依田直也(訳):イノベーション, 生産性出版 (2006).S. J. Kline:Innovation is not a linear precess, Research Management, 28(4), 36-45 (1985).[1][2][3][4][5][6][7][8][9][10][11][12][13]参考文献執筆者略歴中村 治(なかむら おさむ)1973年大阪大学大学院理学研究科博士課程中退後、大阪大学産業科学研究所を経て1974年大阪工業技術試験所に入所。1998年以降、愛媛県工業技術センター所長、関西センター所長代理、評価部審議役を経験し、研究組織のマネージメントと評価の面から研究成果の社会貢献のあり方等について考えてきた。本論では、自身の大阪工業技術試験所、大阪工業技術研究所時代の経験と、関係者へのインタビュー等を踏まえ、論文骨子の組み立て、内容・強調ポイントの整理を担当した。用語説明

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