Vol.2 No.2 2009
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研究論文:PAN系炭素繊維のイノベーションモデル(中村ほか)−166−Synthesiology Vol.2 No.2(2009)協会といった進藤グループを取り巻く国際産業競争力向上のための対話空間は開かれており、著者らはこの対話空間と大工試進藤グループとの複合体に対して、静的な空間の様相の濃い「解釈的空間」としてより、研究開発とマネージメントが相互に位相の合った作用を加える「動的な空間」として作用していたと考える。4 結論PAN系炭素繊維を例にとり、イノベーションの過程をつぶさに検証したが、この発明から製品化に至る一連の展開は、時代背景が異なるとはいえ、現在の研究者にとって示唆に富むものである。研究者が新しい炭素材料の探索に絞った日頃の情報収集活動の中で偶然知りえた炭素繊維開発の情報を契機に、この工業化を最初から意識し、狙いを定めたテーマ選択を行い、実験方法の探索、研究を実践した。また、時宜を得た特許取得等に関する手続き等がうまく展開して出願特許も成立した。その後の飛躍は、炭素繊維材料への時代及び産業ニーズは機械的強度が主力であるという情報を得て、研究テーマの方向性を転換し、材料特性の最適化、プラスチックとの複合化、CFRP複合材としての実用化を目指した産業界との協働的・協調的な研究と指導によりもたらされた。これらに増して重要な要素は、信頼性を担保するために機械的強度の測定法の標準化という取り組みであり、これが炭素繊維の産業化の基盤を強化するのに大きく貢献している。また、産業サイドでは、大工試との日常的な情報交流など実用品として世の中に出るための潜伏期間に成した日の目を見ない研究成果の積み上げが新たな気づきを誘引し、共同研究へと回帰することとなり、シーズ側の当初の思惑をはるかに超えた産業変革をもたらしている。こうした過程の構成要素として、・ 研究者の明確な課題意識に基づくセレンディピティ・ 研究者の動機とマネージメントとの位相整合・ 産業界の旺盛な新事業開拓意欲などが重要であることが再認識された。このうちどの過程が欠けても現在の産業変革はなかったか、またはずっと小さいものであったろう。さらに各要素の時宜を得た協調作用がとりわけ重要である。それが相互に働きを強める『励振』ともいうべき作用となることで、ある時期から加速度的に産業応用へと進むことが見て取れた。つまり、研究のオートノミーと社会における使命を矛盾なく結合するためのイノベーションモデルとして『励振モデル』が提唱できよう(図5)。繰り返しになるが、この励振モデルの確認のためPAN系炭素繊維のイノベーションプロセスを再掲すると、PAN系炭素繊維に係る一連の研究においては、まず黒鉛化による炭素繊維の製造法の研究が研究者の興味を原動力にセレンディピティ的に生まれ、これを特許成立に至るマネージメントによって実用化へと弾みがつけられた。また、予期せぬ第三者との出会いが契機となり力学的強度に照準が当てられ、この方針転換に沿って材料開発、複合材料(CFRP)化の研究開発が進められ、これをマネージメントがプロジェクト化による予算支援で加速させ、その後の飛躍をもたらした。くわえて、炭素繊維の材料標準化に係る研究が信頼性を担保することに貢献し産業の用途が拡大する後押しをした。いずれも研究者とマネージメントサイド、研究と産業との綿密な協調の下で行われている。このモデルと分析の過程で得られた知見を、今後のイノベーション創出に向けた取り組みへの提言と位置づけるなら、①研究者の「自発性」の基となる「マインドセット」の明確化②その研究者のマインドを社会と同期させる「マネージメン図5 イノベーションの『励振モデル』 マネージメント力加速度複合材料化炭素繊維化セレンディピティー製品化好奇心を産業イノベーションにつなげる研究予算拡大(マインド技術移転・市場創製)研究のオートノミーと社会における使命を矛盾なく結合する(公的研究テーマ)業務第2種基礎研究(好奇心)モチベーション第1種基礎研究マネージメント方法の変化知財戦略の重視(励振型)新規テーマ方向付けと予算的支援(励振型)JIS・ISO設定のリーダーシップ
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