Vol.2 No.2 2009
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研究論文:PAN系炭素繊維のイノベーションモデル(中村ほか)−164−Synthesiology Vol.2 No.2(2009)き詰まってもどこへ行きたいかという先の目標が見通しや指針を与えてくれる。また、その目標を変更する、あるいは目標値を上下させる努力により、予期せぬ解決の糸口が見つかる。こうした個人の興味を原動力とする自律的な行動(オートノミー)は、セレンディピティを生み出す可能性をも高める。こうしたセレンディピティとは、何かを探している時に、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力・才能を指し、何かを発見したという「現象」ではない。「能力」であれば、意図的に磨くことができる。また、感動や観察、ファイリング(記録)、行動範囲の拡大、連想、などを元手にこういう能力を磨くことができるだろう。このためには、個人の関心を育てるような自由度を保つことが重要である。ただし、奔放な自由ではなく、社会に役立つものを常に志向するという基調となる意識を根付かせる必要がある。(2)組織的研究の動機大工試は研究成果の工業化を強く意識したマネージメントを方針としていた[11]。研究の進展に応じて成果の社会への出し方(特許、論文、報告会など)と産業界へのコンタクトを考えていた。さらに、成果にはずみをつけるため、成長に併せて研究費の規模をコントロールする方法もうまく使っている。基礎研究から経常研究用語化し、多くの企業が参入する状況になり産業界の技術開発への要請が高まった段階では、大型の研究費を供する特別研究用語へと移行させている。組織的研究の動機は産業化の契機を見据えることに始まる。社会に近づく良い成果が出せれば、研究者の興味を原動力にする研究もより強い後押しが受けられるとのメッセージが必要である。3.2 研究マネージメント研究マネージメントを丁寧に検討すると、いくつかの特徴にまとめられる。(1)目標の明示当時の大工試では「工業技術の振興」を本務とする取り組みを数々展開している。こうした方針に沿って研究も取り組まれている。研究者も研究を推進する原動力は個人の興味であるが、組織の方針がある以上実用化を意識した取り組みを考える姿勢が醸成される。対外的には、とくに企業にとって実用化という同じ目的で研究が行われるとの信頼を与えることになったと考えられる。(2)企業との日常的交流大工試は関西地元企業にとって「頼りになる存在」になっていた。日常的に企業の相談を受け入れる土壌があり、制度的な手続きを経ることなく情報交換が行われていた。また企業からの研究者の受け入れも頻繁に行われ、企業への大工試人材の移転なども少なくない状況であり、こうした「人的交流を通じた技術移転」の土台が形成されている。知識の交流は企業側の研究状況、方向についても再確認させることとなり、この確認は企業の気づきを誘発することにつながっている。さらに、後になると企業側の要望として「技術標準」をくみ取り、産業化の基盤となる標準の研究にも着手することとなった。(3)テーマの成長に同期させた研究費配分炭素繊維研究は発明以来、工業化に向けた着実な取り組みが続けられていた。機械的特性が大きく取り上げられるまでは企業の参入も炭素メーカーが主力であり、後に大きな成功を収める東レなど素材メーカーの参入はまだ本格図4 個人の興味と研究テーマの方向研究体制の大型化(特別研究)「一次元炭素材料」創成への夢材料開発に並行して材料標準化の動き進藤博士研究室長任命(1971)企業研究者との盛んな日常的交流〇 2.研究者が設定1.上司が指導特許化意識の高まり(仙石所長 :1959)安定成長期高度成長期戦後復興期(物資不足) 東レ (1970)特許実施許諾 倉敷レーヨン(1966)技術指導 松下電器(1960) 日本カーボン(1960)技術指導基本特許出願(1959.9)特別研究へ複合材料化炭素繊維の特性への目覚め経常研究へ繊維状炭素を得るすぐに実験開始炭素繊維の記事(1959.5)炭素繊維(特研等)炭素繊維(経常)炭素研究の基礎研究テーマ設定日本経済予算別研究テーマ進藤博士の興味研究管理 状況1980 1975 1970 1965 1960 1955 原子炉用黒鉛(1956~57)炭化ほう素の製造(1958~59)黒鉛の製造方法(1955)炭素の崩れ(~1959)黒鉛繊維(1959~61)無機高分子(1963~64)高分子炭素(1962~68)炭素黒鉛(1968)炭素、黒鉛(1966)新種炭素材料(1965)炭素、黒鉛(1973~77)宇宙材料(1967)高性能複合材料(1968~72)耐海洋性複合材料(1973~77)評価方法(1975~78)
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