Vol.2 No.2 2009
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研究論文:PAN系炭素繊維のイノベーションモデル(中村ほか)−163−Synthesiology Vol.2 No.2(2009)になって築いた富によって新しい事業に取り組む下地があり、実際、財閥系を始め、製薬、家電等の個人による創業が盛んな土地柄である。このような周辺事情であるので、事業の種探しから展開・発展のための情報入手のために多くの人が出入りしていた。その人たちにとって、大工試は情報を取る場であり、大工試側にとっても組織的な活動以外のアンダーグラウンド的な情報供与という概念はあまり意識されていなかった。ある程度まで大きくなった研究開発型企業においては、後日談ではあるが「仕事に行き詰まったら大工試詣でをしろ」という上司の声があった。一方、企業研究者にとって日常の会話から得た技術情報を自分自身の思考展開で眼前にある課題解決または新規提案にこぎつけてある程度の成果が得られた場合、往々にして当該成果に繋がった種は大工試にあることを言わないで社内説明展開を行ったようだと著者の一人は聞く。このためか共同研究や特許許諾などの具体的な公式データによる繋がりは多くはない。しかし、技術指導または共同研究等を介して企業への技術移転が行われたことは少なからずあったようで、大工試への感謝が「社史」などの形で表現されていることで一端を知ることができる。本論のPAN系炭素繊維に係る記事の例としては、①日本カーボン(株)50年史」(日本カーボン(株)、1967年8月31日発行)②「東レ50年史」(東レ(株)、1977年6月1日発行)③「努力のあゆみエスイーシー(旧昭和電極)50年史」((株)エスイーシー、1984年10月23日発行)などが挙げられ、いずれも炭素繊維開発における大工試との共同研究、特許許諾が事業展開に貢献したことが記されている。(2)炭素繊維開発を巡る産業界の動向(図3)当時、炭素繊維開発に参入した企業は先発グループと第2グループに分けられ、両者でその行動が異なっていた。前者については、炭素系複合材料CFRPの商品化を目指し、表立って研究開発を進めた。後者はPAN系の代替材となる廉価な材料の探索やコストダウンにつながる製造プロセスの研究などが主体となっているが、これらは対外的に取り組みを宣言する類のものではなく、「地下にもぐったもの」とならざるを得ない。すなわち、進藤博士の研究グループとの日常的(非公式)「意見交換」を介して実質的な成果をねらっていた。結果的にPAN系を越える性能のものは見出されなかったが、大工試側としては、彼らから持ち込まれる資料と情報が「秘密である」という認識のうえで、有用材料の体系化に役立たせることができた。企業側の意図と大工試側の微妙な呼吸の下、結果としてこの分野の材料開発の進展を進め、国際競争力を高めることとなった。すなわち、産業界側の興味(「気づき」と「活かし」)と大工試の日常研究生活における交流等が表舞台に出ない形で当該イノベーションに大きく関わっていることが後世になって示される結果となった。3 イノベーションモデルとしての分析3.1 個人の興味と組織的研究の動機(図4)(1)個人の興味進藤博士は炭素繊維に取り組むに当たり「こういうことが出来るのではないか」と考え、研究の社会的な効用のイメージを描くことから始めた。こうした具体的目標があると、行図3 炭素繊維に係る国内外の産業界の取り組み欧米日本英国米国PAN系レーヨン系でPAN系を超えられず1990198019701960重心の移動素材メーカー炭素メーカー炭素繊維からの撤退相次ぐ圧力容器、建造物の補強材などへ展開東西冷戦の終焉(航空機宇宙分野での需要低迷)三菱レーヨン東邦レーヨンセミワークスト稼動釣具、ゴルフレジャー製品の販売パイロットプラント稼動ピッチ系の開発へレーヨン系の断念経営不振ロールスロイス社UCC社炭素繊維プロジェクト東レ-UCC社クロスライセンスハーキュリーズ社ホイタッカー社レーヨン系PAN系モルガナイト社コートールズ社ロールスロイス社政府主導の開発東レUCC社レーヨン系で緊張処理によってPAV系を上回る性能達成カーボランダム社グレート・レイク・カーボン社3M社HITCO社日東紡績日本カーボンナショナル・カーボン社(UCC社子会社)レーヨン系炭素繊維発売PAN系炭素繊維の発明(進藤昭男、1959)レーヨン系炭素繊維の発明(William F.アボット、1956)
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