Vol.2 No.2 2009
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研究論文:PAN系炭素繊維のイノベーションモデル(中村ほか)−160−Synthesiology Vol.2 No.2(2009)効率的に機能する体制などから本質的な働きを抽出することは可能と考えられる。本論は、公的機関の研究成果が社会に認知され、大きな影響を与え、産業変革につながっていった「PAN(ポリアクリロニトリル)系炭素繊維」を取り上げ、この顕著なイノベーションの過程の中で、その核心にある旧通商産業省工業技術院傘下の大阪工業技術試験所(以下大工試)及び研究者の行動を中心に、①研究者の意識②研究テーマ設定に係る研究者と研究管理者(マネージメント)の意識③研究成果の発信と受け手の体制④研究成果活用のための人的及び情報ネットワークの観点からPAN系炭素繊維の研究についての実際に起こったことと対比させて、その実相を検証している。さらには、一連のプロセスの構造化を図ることによってイノベーションモデルの導出を試みた。なお、PAN系炭素繊維の製造法、評価法などに係る企業への技術移転及び、その後の複合材料化を含めた企業努力により今日の不可欠な材料となった過程についてはここでは取り扱わない[1]-[3]。結論から言うと、研究の要素の有機的連携が「励振的」に行われたことが、PAN系炭素繊維のイノベーションをもたらした。励振的とは『研究者の興味を原動力に、研究開発の進展に伴って、社会に役立つように研究テーマを新たに設定するような自律的行動(オートノミー)と研究マネージメントとの同期が取れた「協調」』を意味し、さらに産業化に向けた企業との顕在的、潜在的な交流と 「協働」をも含む。PAN系炭素繊維を産業へ受け渡すまでの一連の過程から見出したイノベーションモデルを「励振モデル」として提示し、今後のイノベーション創出に向けたマネージメント強化に対する示唆とした。2 技術発明の経緯2.1 炭素繊維開発の状況(1)発明された炭素繊維の概要1950年代において、炭素あるいは黒鉛(結晶性の高い炭素)からなる製品は、耐熱性、導電性などの性質を利用した電機用ブラシ、電解用電極、原子炉用黒鉛などの成形品、またはカーボンブラック、活性炭、コロイド黒鉛、その他微粉状のものに限られており、繊維状の炭素材料は知られておらず、繊維状の黒鉛は製造が難しいと考えられていた。そもそも黒鉛は高圧の下で4000 ℃近い温度まで加熱しなければ溶融しないので、合成繊維やガラス繊維のように炭素を熔融して紡糸することはできない。やはり一般の炭素原料や材料を製造するのと同様に有機物を炭化して繊維状のものを得なければならず、セルローズ系繊維、ポリ塩化ビニリデン系繊維など様々な繊維状の原料について検討していた。その結果、アクリロニトリル系繊維は適当な加熱条件を選んで炭化すれば、その分子中の窒素と水素とを主としてアンモニアおよび青酸として放出し、その繊維の形状をよく保持した炭素を与え、しかもこの繊維状炭素は高温熱処理によって黒鉛化することを見出したのである。ここに得られたものは、金属光沢を有しており、X線による測定の結果、相当黒鉛化していることが認められた[4]。こうしてPAN系炭素繊維は開発された。(2)開発の経緯炭素繊維の端緒は1956年に米国においてレーヨンを原料として開発されたものである(図1)[1]。この後、米国ではUCC社によりレーヨン系炭素繊維が一定の成功を収めた。一方、大工試では、進藤昭男博士が米国での動向を知り、時を移さずレーヨンとは別にポリアクリルニトリル繊維の炭素繊維化に取り組んだ。1959年9月には、PAN系炭素繊維に係る基本特許が出願され[5]、同年10月の化学関係学協会連合秋季発表会において「黒鉛繊維の研究(第1報)熱処理に伴う結晶子の成長」と題した研究発表がなされている[6]。さらに同年11月には関西地域の企業を中心に関係者に広く読まれていた「大工試ニュース」にこの研究成果が紹介されている[7]。なお、研究結果の詳細は大阪工業試験所報告第317号にまとめられている[8]。この一連の活動から、PAN系炭素繊維の成果は、新規性が高くかつ将来性も高いと判断され戦略的に発表されたものと容易に想像される。次に進藤博士の研究開発の大きな転機となったのは、1965年の米国の軍事関係者のアドバイスである[2]。PAN系炭素繊維はそれまで耐熱性と電気的特性を柱とし、「しなやかさ」を特徴とする材料として応用展開を図っていたが、この専門家から「機械的強度」と「引っぱり弾性率」について優位性があると指摘され、構造用材料としての可能性を研究すべく方針を大きく転換した。この転換のころから企業の炭素繊維への参入も増え、産業化に向けた各社の取り組みも本格化し始めた。これら企業にとってはPAN系炭素繊維の研究で突出した成果を出していた大工試はなくてはならない存在となっていった。研究や技術指導での産業との「協働」に加え、1975年からは新しい素材の開発にとって不可欠な「標準」の研究が始まり、1980年には炭素繊維に関するJISが制定された。こうした一連の取り組みは炭素繊維のわが国企業の競
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